こうすれば主語は省略できる

日本語は、主語が明示されていなくても、文脈からそれがわかり、そのほとんどは助詞「は」の働きによるものだ、という記事を5年前に書いた。

今回は手元にある太田蘭三の小説『緊急配備 顔のない刑事・隠密捜査 (角川文庫)』を観察して、主語を省略する他の手段を探してみよう。

まずは復習として、助詞「は」の働きにより主語がなくても文脈から察することができる例から。

 香月は、〈赤林経済研究所〉を出た。階段を降りて、新宿通りの方向へ歩く。

見て分かる通り、2番目の文(「階段を降りて〜」)は主語を欠いている。しかし、われわれは前文により主語が「香月」であることをすぐに理解する(2番目の文に主語を補った場合、「香月は階段を降りて、新宿通りの方向へ歩く」となる)。これが、助詞「は」の働きだった。

今度は、助詞「は」の働きを利用しない、それでいて主語の省略に成功しているケースを見てみよう。

 応接セットに、一人、男がいた。ソファーに尻を沈めている。

上の箇所でもやはり第2文(「ソファーに尻を〜」)は主語を欠いている。それでもわれわれは、この文の主語が前文に登場した「男」であることをすぐに察知する(第2文に主語を補った場合、「男はソファーに尻を沈めている」となる)。つまり、日本語には、次の特徴があることが分かる。すなわち、「当該文に主語がない場合であっても、読み手は前文から主語の候補を探し出し暗にこれを補完する」という特徴だ。この特徴は英語と日本語の決定的な違いと言ってもいい。

次は、もう少し複雑なケースを見てみよう。

 そのとき、刀根の手に、ナイフが光っていた。一見、優男ふうだが、殺人の前科のある男だ。切っ先を香月に向けて、体ごと、ぶつかってくる。かわしざま、足払いをかけた。つんのめって転がる。すぐさま起きあがると、香月の胸をねらって、ナイフを突き出した。体を開いて、かわす。

読んで分かる通り、ここには主語を明示する語がほとんどない。それでもわれわれには誰が主語なのかが苦もなく分かってしまう。たとえパラグラフの途中で主語が切り替わっていたとしてもだ。
この後の説明をわかりやすくするために、上の書き抜きに番号を振って色を着けたバージョンを作ってみる。

 (1)そのとき、刀根の手に、ナイフが光っていた。(2)一見、優男ふうだが、殺人の前科のある男だ。(3)切っ先を香月に向けて、体ごと、ぶつかってくる。(4)かわしざま、足払いをかけた。(5)つんのめって転がる。(6)すぐさま起きあがると、香月の胸をねらって、ナイフを突き出した。(7)体を開いて、かわす。

日本語に堪能であれば、青色の文((2)、(3)、(5)、(6))の主語が「刀根」であり、赤色の文((4)、(7))の主語が「香月」であることが、すぐに分かるはずだ。
この例の場合、読者は、読み出して間もなく「刀根」と「香月」しかここには登場しないことを見て取る。その後、各文の主語が「刀根」なのか「香月」なのか推測を働かせつつ読み進める。その一方で、当場面が格闘シーンであることを念頭に置き2人の攻守を頭に浮かべながら、自然と主語を補完しているはずである。
とはいえ、よく観察してみると、主語が交代する箇所には合図となる語句が存在することが分かる。
主語が交代するのは2箇所、つまり、(3) - (4)間と、(6) - (7)間だ。このうちの前者((3)と(6))に注目して見てみよう。すると、そこには必ず次の文の主語(=「香月」)が含まれていることに気がつく。これが主語交代の合図である。

  • (3)切っ先を香月に向けて、体ごと、ぶつかってくる。
  • (6)すぐさま起きあがると、香月の胸をねらって、ナイフを突き出した。


太字で示した通り、いずれの文にも、「香月」という次の文の主語となる語が含まれていることがわかるだろう。これが主語をスムーズに交代させるための符丁となっているのだ。

日本語の文章を書くとき、われわれは、学生時代に苦労して学んだ英語に影響されて不要な主語を含む文を作ったり、はたまた不可欠な主語を欠いたちんぷんかんぷんな文を拵えたりしがちである。読まずに書ける人は少ない。ときどきは作家の簡潔な文章をよく観察しこれを参考にしながら、きれいな日本語を書けるよう心がけたいものである。