インドは変わる!?

週刊誌『東洋経済』で「日本企業にも好機! インドの地殻が動いた」なる連載が始まった。著者は帝羽 ニルマラ 純子(ていわ にるまら じゅんこ)女史である。インドビジネスアドバイザーの肩書を持つ。
第1回目は「「3度目の独立」を果たし、前進するインド」と題して書かれている。骨子をまとめるとおおよそ次の通りである。

5月、インドでは、ナレドラ・モディ氏率いるインド人民党(BJP)主導の野党連合が下院選挙で大勝利し、インドはこれから大きく変わろうとしている。
「モディ政権下のインド」とはどのような国になるのか
(1)経済成長が加速
下院の過半数を獲得したインド人民党は、地方政党から妨害を受けずに政策を実施することができる。これにより100万人の新規雇用、GDP成長の1%上乗せが期待できる。
(2)各種手続きが簡便に
現在、インドで会社を設立しようとすると、70から80の手続きが必要だが、ワンストップの窓口を創設することでこれを簡便化する予定である。
(3)強力な外交力を発揮
モディ首相は、インドの経済成長を確実にするには、対外的な平和と協調関係の構築が必須であると考えており、積極的に諸外国と話し合いを持つ予定である。
(4)ナショナリズムの高まり
選挙期間中、国民の多くは2つのスローガン「インドをひとつに、インドを強力に」と「みなの発展のために団結しよう」に心を動かされた。インドの再生にあたっては、汚職や発展を妨げるものを許さないというのが、新政府のモットーである。
(5)インドを魅力的にする多くの計画
モディ首相は選挙で、経済を再生するために電力、道路、鉄道への投資を加速すると公約した。

帝羽女史は、4月に、著書『日本人が理解できない混沌(カオス)の国 インド1-玉ねぎの価格で政権安定度がわかる!』を出している。

Q05 インドのカースト制はなくならないのか?
血にはカーストはない。   エドウィン・アーノルド(英随筆家)

インドのカースト制の歴史
 インドのカースト制は、「ジャーティ(jati)」と呼ばれる階級に組織されたヒンドゥー社会の構造のことである。ジャーティすなわちカーストは生まれによって決まり、それぞれのカーストは職業と結びついている。カーストという言葉は外来の言葉であり、インドで昔から存在していた言葉は「ヴァルナ」である。「ヴァルナ」とは一番位の高いバラモンを筆頭にクシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラの四種姓のことであり、古代から異なるヴァルナ間で食事や水を共有することは禁じられてきた。カーストはインドの各地方で生まれたもので、カーストが違うと価値観や理想も違った。過去にはシュードラの下にヴァルナの枠組みの外に置かれた不可触民がいて、触ると穢れるものとみなされていた。不可触民は、村の中で生活することや村の井戸の水を飲むことや、寺の境内に入ることも、さらにはより高いカーストに自分の影を落とすことさえ禁じられていた。社会の外で生き、賤業に従事し、貧困と社会からの隔絶と制約に耐えて生きていた。また、不可触民の中での差別もあった。かつては異なるジャーティの間での交流はなく、ドビー(洗濯屋)は、バンギー(人糞清掃人)と交流することはなかった。
 しかし、英国がインドに鉄道を導入したことにより、社会の全階層の人々が同じ列車で旅をする状況が生まれた。このことは19世紀にカーストの差別がなくなりつつあったこと意味する。1890年から1905年にかけて、インドは経済発展や工業化、職業移動によって変化しつつあった。当時のインド社会は英国統治の影響を受けて、低カーストの人が公務員となったり、高カーストの人が宗教職を離れて管理職に就いたり、あるいは農業を選ぶなど、根本的な変化が起こりつつあった。
 20世紀に入り、インドが独立に向って苦闘しているとき、知識層は皆、カースト制は差別的であり、社会構造として正しくないと批判していた。マハトマ・ガンディーと社会改革運動家のアンベードカル博士はそのために戦い、急進的な解決策を唱えた。独立後に施行されたインド憲法では、「カーストによる差別」を禁止し、不可触民の地位向上のための政策を謳った。現代インドではカースト制の重みは減ってきているが、社会的、宗教的な面ではまだインドの生活の一部として残っている。独立後、不可触民は政治的、経済的な成功を収めたケースも多く見られるが、一般に差別への不満は残っている。

現代インドとカースト
 今ではカーストによる格差は少なくなり、カースト間の関係も穏やかなものになってきている。特に職業に関しては大きく変化した。人々はカーストをよりどころにした職業ではなく、教師、公務員、機械修理、小売やサービスなど、今やカーストとは無関係の職業に就くようになり、農村でもカーストが即、富や権力と結びつかなくなっている。とは言え、公にはカーストを話題にすることはないものの。農村などでは昔の考え方が残っているところもある。
 インド政府は、不可触民とシュードラを指定カースト(SC)に、隔絶した土地などに住み独自の文化を持つ部族民を指定部族(ST)に、経済的に遅れたカーストをその他の後進諸階級(OBC)に認定している。2001年時点で不可触民はインドの全人口の約16.2%を占めていた。インド政府は、彼らの社会的、経済的状況を改善するために様々な改革や政策を実施してきて、約17.2%の職が不可触民のために留保されている。政府の最上位のいくつかの職もその一つであり、政府の外郭団体も彼らのコミュニティのメンバーが運営している。また、ここ数十年で、インドはマイノリティなカースト出身者を政府や裁判所などのトップに選んだりしており、不可触民全体の経済は1986年から2006年の間に飛躍的に伸びた。インドはまた、貧しい人々やその他の少数カースト出身者を社会的にも経済的にも本流に押し上げてきた。低位カーストにはそれまでの半世紀で22.5%の留保枠が割り当てられていたが。1990年に政府は後進カーストへの留保枠を約27%にまで引き上げた。
 ある調査では、1983年から2000年の間にマイノリティーカーストの子供たちの初等教育修了者数は飛躍的に伸び、中等及びカレッジレベルの教育の修了者数も全国半均の3倍以上になった。この階層の貧困レベルも1995年から2005年の10年間に49%から39%に下がった。
 政治的にもSC、ST、OBC出身者の立候補者数が増え、地域の支持を取りつけるようになると、これらの階級はインドの政治上の重要な要素となり、国内のあちこちで強力な政党となっている。
カースト制の残された課題
 政府が優先的政策として推し進めてきたため、カーストによる差別は禁止され、カーストは教育や就職、その他生活を改善する手段となり、後進階級のごく一部が優先策の恩恵に浴するという状況を生んでいる。つまり、現代インドではそれが権力や財力を獲得する手段となっているのだ。
 後進階級の受け入れが進む一方で、こうした割り当てに反対するその他のカーストの人々は、彼らへの敵対心を募らせている。伝統的に高位のカーストにありながら経済的に恵まれない人々は。公務員、学校やカレッジおよび研究機関での留保枠の撤廃を訴えている。こうした割り当てが権益となり、個人の実績や経済的地位といった点で不公平を生んでいると言うのだ。時の経過とともに、留保枠の本来の意味や目的が薄れ、単に個人の便宜のために利用されているのである。

帝羽 ニルマラ 純子 (ていわにるまらじゅんこ)
 インド共和国バンガロール生まれ、法政大学大学院修了(イノベーションマネジメント専攻)。日印コンサルタント会社起業を経て、現在インドビジネスアドバイザーとして活躍。来日以来14年間で、ITと日本企業の海外展開、外国企業の日本市場参入を中心に活動。主なプロジェクト実績は、サプライチェーンマネジメント、市場参入、マーケティング・販売促進、流通、特許申請、合弁・提携に関連するボーダー取引条件など。
 2013年にインドの諺について日本話で解説した書籍「勇気をくれる、インドのことわざ」を発刊。インド・タミル語の諺を日本語で紹介する本の発行は、長い日印の歴史でもこれが初、インド文化の理解に役立つ書籍となっている。デイリー・ダイヤモンドでコラム「ニルマラが誘う数の不思議」を連載中。インドの日刊紙「Financial Express」への寄稿、その他著書も多数。

目次
はじめに
第1章 まずはこれだけは知っておこう!
──インクレディブルインディア──
Q01 「ゼロ」の発見以外でインドは世界にどんな貢献をしているか?
Q02 度重なる侵略と植民地支配は、インドにどのような影響を及ぼしたのか?
Q03 今なおインドにとってジレンマとなっている「印パ分離独立」とはなにか?
Q04 なぜインドではこんなに多くの言語が話されているのか?
Q05 インドのカースト制はなくならないのか?
Q06 インドではなぜ黒が敬遠されるのか?
Q07 インドはどうしてアートや工芸品で溢れているのか?
Q08 インドで礼儀作法が厳格なのはなぜなのか?
Q09 インド人にとって「名前」はどんな意味をもつのか?
Q10 どうしてインドはカオス、格差、矛盾に満ちているのか?

第2章 時間にはルーズ、でもマルチタスキングは得意!
──インド人の思考法と行動様式を知る──
Q01 インド人が頻繁に値切るのは、価格が何も決まっていないからなのか?
Q02 インド人はなぜ簡単な規則にも従わないのか?
Q03 インドには、なぜパブやダンスバーがないのか?
Q04 インド人学生はなぜ、頭脳流出の原因となる留学をしたがるのか?
Q05 なぜインド人は話し好きで、頻繁に議論をするのか?
Q06 なぜインド人は現代でも合同家族で暮らすのを好むのか?
Q07 インド人はなぜネコをきらうのか?
Q08 インド人の結婚式はなぜお金をかけて豪華できらびやかなのか?
Q09 変容しつつあるインド人のマインドセットの柱とは?
Q10 カルマの思想が生きるインドで「こだわり」を失い、
上昇志向を強めたインド人とのつきあい方とは?
第3章 「チャルタ・ハイ」の馴れ合いと美白への熱狂!
──インド人のやめられない習慣を知る──
Q01 インド人の「チャルタ・ハイ」という態度とは?
Q02 インド人はよく手っ取り早い解決方法を思いつくが、
なぜルールやベストプラクティスには従わないのか?
Q03 インド人が時間を守らずいつもすべてが遅れる理由は何なのか?
Q04 どうしてインド人は金が大好きなのか?
Q05 インドのスポーツはクリケットしかないのか?
Q06 インド人は踊りが好きで、皆がダンスに取りつかれているのか?
Q07 ボリウッド映画とクリケットが百年も続いているのはなぜか?
Q08 なぜ、インドにはなぜファッション誌、セレブ誌、ボリウッドゴシップ誌が多いのか?
Q09 インドでは誰もが美白製品に取りつかれるのはなぜか?
Q10 新しいソーシャルメディアは、インドの若者達にどのような影響を与えているのか?
第4章 なんでもあるのに企業がグローバル化できない理由
──コミュニティと家族経営の仕組みを知る──
Q01 どうしてインドの企業は多国籍化できないのか?
Q02 資源の豊かな国にも関わらず、なぜインドは21世紀に工業化の機会を失ったのか?
Q03 インドの「コミュニティ主導のビジネス」とはどのようなものなのか?
Q04 インドのマイクロファイナンスは、敵なのか味方なのか?
Q05 バザールとキラナはインド小売の屋台骨か?
Q06 トイレ以上に携帯電話を持つインド人。この極端さが与える影響とは?
Q07 世界最大の民主主義国でマスメディアはどのように活動しているのか?
Q08 なぜインドサービス部門は、製造業の成長に寄与しなかったか?
Q09 最も古い文化的遺産を持つ国のひとつとして、インドは魅力のある観光地だろうか?
Q10 なぜインドではゲームやアニメやマンガがあまり人気がないのか?
第5章 日本とインドはきっとうまくつき合える
──日本人には見えないインドの裏を知る──
Q01 インド人はユーモアセンスがあって、ユーモアが好きか?
Q02 玉ねぎ価格はどうして変動が激しいのか?
Q03 インド人はどうしてスイスが好きで、ぜひ訪れたいと思うのはなぜか?
Q04 「パンチャーンガータントーフ」、インドに休日が多い理由とは?
Q05 伝統的配達業、アンガディアとは?
Q09 インドは禁酒主義国か、それともアルコール消費は増加している?
Q07 なぜインドでは安全性への配慮が欠落しているのだろうか?
Q08 インドにおけるBOP市場の潜在力とは?
Q09 今でもインドの女性の地位は低いのか?
Q10 なぜインドでは未だに大都市にスラムがあるのだろうか?
おわりに