私の履歴書(鳥羽博道-22)

 オーナーの性格等により経営不振に陥る店もあった。どう対応したらいいか分からず非常に苦しんだ。悩みに悩んだ揚げ句、電撃の如く「店の魅力、商品の魅力、人の魅力」と閃いた。ごく当たり前の言葉だが、目の前がサーと開ける思いがした。
 店の魅力とはお客様に、そこにいる事が何とも心地いいと思ってもらえる事だ。しかも、外から見て気持ち良さそうだと感じなければ店に入って来てくれない。
 その事を何度も指導するうち、オーナーと私の「魅力の基準、努力の基準」が違う事に気づいた。そこで社員と共に不振店に行き、装飾物を全部外して作った時の状態に戻し、徹底して清掃した。外観の塗装をやり直し、壁や床、椅子も磨き込み、その上で私の基準で絵、花、置物、椅子などを置き直し、売店の商品も並べ替えた。店は見違えるようになった。
 オーナーは「社長がここまでやってくれるのか」という思いからか、もっと頑張らねばと感じてくれた様だ。翌日から売り上げは二割増えた。そんな風に不振の店は一軒一軒、自分で行き清掃した。次第に社員も私と同じようにやってくれるようになった。
 オーナーに「努力が足りない」と責めれば反発を招き「本部の指導が悪い」と泥仕合になる。店の経営を良くするには、相手の心の持ち方を変えねばならない。そのためには率先垂範し「努力や魅力の基準」を高めてもらう事に努めた。
 契約書は当然取り交わすが、それを盾に争った事は無い。問題が起きた時は、損得や契約書の文言ではなく、何か正しいかを考える。こちらに非があれば改め、相手に非があれば改めてもらう。その後に初めて利害を考え「どうすれば相手が成功するか」という観点から、最少の費用で解決する方法を一緒に探る。
 ある町で、駅から少し離れた場所でコロラドをやっているご夫婦がいた。駅前に出来たビルにドトールコーヒーショツプ(DCS)出店を計画すると、ご夫婦が本社を訪ねて来られ、大変な影響が出るのでやめてほしいと必死の思いで懇願された。さりとて新たにDCSを経営する事は投資をする上でも不安なようだ。私は「DCSはまず直営でやり、経営内容を明らかにします。儲かると分かったらお宅で経営したらどうでしょう」と提案した。店は成功し、ご夫婦が経営を希望したので譲る事にした。
 別のオーナーからは経営に失敗した店を買い、別の繁盛店を売ってあげた事もある。
 ある時、日経新聞日経ビジネスが「フランチャイズチェーンなのにトラブルが起きたとの話を聞いた事が無いのは何故か」と取材に来た。卜ラブルは無くて当たり前と思っていたので、一瞬何を聞かれているのか分からなかった。
 マニュアルや契約書にこだわらず、事情に合わせ、きめ細かく対応してきた。喫茶業に進出した出発点が「人の不幸を作らない」という思いであり、オーナーの喜びが私の喜びだったからだ。
 さらにその原点はと考えると「至誠通天(至誠天に通ず)」という言葉に行き着く。父の好んだ言葉であり、この四字を記した書が実家の壁に飾ってあった。私は日々それを見ながら幼少期を過ごし、いつの間にか自分の仕事の指針にしていたのだった。


---日本経済新聞2009年2月23日