佐藤優が選ぶ知的ビジネスパーソンのための中公新書・文庫113冊
月刊誌『中央公論』2016年5月号に、「特集 佐藤優が選ぶ知的ビジネスパーソンのための中公新書・文庫113冊」が掲載されていたので、メモ。
A 仕事に活かせる組織論を学ぶ17冊
新書- ★『外務省革新派』(2059)戸部良一
第二次世界大戦について、陸軍責任論に本格的に異を唱えたものの一つ。本書は、軍部以上の強硬論を吐き、軍部と密着して外交刷新を実現しようとした「外務省革新派」のリーダー白鳥敏夫たちが、日本を戦争に導く道をつくった過程を丹念に追っている。戸部氏はその背景に、外務省内の人事があった、と指摘する。戸部組織論の最高傑作である。国際基準でいっても一級品のインテリジェンスレポートに仕上がっている。論文の書き方を学ぶうえでも参考になる。 - ★『人はなぜ集団になると怠けるのか』(2238)釘原直樹
本書は、集団で仕事をすると、単独で作業を行うよりも一人あたりの努力が低下する「社会的手抜き」について、あらゆる心理学の分野での実験や調査、社会現象などを紹介しながら、考察していく。 - 『小惑星探査機はやぶさ』(2089)川口淳一郎
宇宙開発とは、安全保障上、極めて重要な意味がある。「はやぶさ」によって日本は高度な宇宙戦の基礎体力があることを世界に知らしめた。そうした国家の意思をも読み解けるようになろう。 - 『院政』(1867)美川圭
権力というものは、バランスであると痛感する一冊。組織が二重構造にあるときは、自分がどのような立場にいるかを理解しておくことが、組織人として生き残るために不可欠である。 - 『戦国武将の手紙を読む』(2084)小和田哲男
読み下しも丁寧に解説され、歴史学を学ぶ人の入門書として良い。戦国武将は合戦の前に各地の武将を味方につけようと謀略の手紙を出す。組織の派閥抗争に苦しむ現代のビジネスパーソンにとっても学ぶところは多い。
- 『駆け出しマネジャーの成長論 7つの挑戦課題を「科学」する』(493)中原淳
現代の日本社会では、実務担当者がマネジャーへと移行する過程が激変していると著者はいう。「突然化」「二重化」「多様化」「煩雑化」「若年化」。また本書は、年上の部下との接し方など、組織の中での生き残りのための具体策がふんだんに盛り込まれ、中間管理職の心得に満ちている。
- ★『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』戸部良一ほか
戦争に負けた理由について分析した一冊。日本軍はかつて学んだことを棄却した上で、学び直すということができず、組織上層部の狭い経験などにひきずられて失敗したことを解き明かす名著である。日中戦争の初期、小畑敏四郎中将が、弱い中国軍ばかり相手に戦争していると、日本軍も弱くなると心配していたくだりがある。ノモンハン事件は、その危惧通りの大惨敗となった。ところがこの惨敗から日本は何も学ばなかった。詰め腹を切らせるのは仕方ないかもしれないが、その前に聞き取りをすべきだったのだ。だから戦訓が何もいかされない。そうした学習の欠如は組織を誤らせる。 - ★『昭和16年夏の敗戦』猪瀬直樹
本書は、日米開戦直前に若手官僚たちが行ったシミュレーションの通りに日本が敗戦に追い込まれていったことを描いたノンフィクション。『ミカドの肖像』(小学館文庫)とあわせて猪瀬直樹ノンフィクションの最高傑作の一つであることは間違いない。一方、留意点もある。実務経験のない若手のレポートが、実際の国の方針に影響を与えるはずはない。数字だけみれば負けるはずなのに、戦争は起きた。これはなぜかという部分は、残念ながら導き出せない。本書は、優れた「物語」であり、読み物なのだ。 - ★『新訳 君主論』マキアヴェリ/(訳)池田廉
マキアヴェリはフィレンツェの政治思想家であり、外交・内政・軍事の官僚政治家となって活躍するが、政変で追放された人間だ。だから、彼の書いた通りに行動しても成功するかどうかは分からない。理想を描いてる面もある。それでいて本書のアドバイスは具体的で読みどころが多い。 - 『戦争論』上・下 クラウゼヴィッツ/(訳)清水多吉
本書は、「戦争とは他の手段をもってする政治の継続にほかならない」(上巻63頁)という言葉で知られる。現代にも通用する名著。 - 『抗日遊撃戦争論』毛沢東/(訳)小野信爾/藤田敬一/吉田富夫
クラウゼヴィッツに影響を受けたレーニンの革命論を読みこんだ毛沢東の思想が著されている一冊。現代中国の基本戦略がこの一冊に詰まっている。 - 『最終戦争論』石原莞爾
歴史に残る事件の当事者の手記には反面教師という意味もある。本書はそうした反面教師の「代表作」。何をどう間違えるとこうなるのかということを真摯に学ぶことも必要だ。 - 『大東亜戦争肯定論』林房雄
実務派ではないが、主流派(あの戦争は、帝国主義国間の市場争奪戦であり、民主主義とファシズムの戦いであった)の正反対を行く衝撃の論考集。ちょうど同じ時期に刊行された『太平洋戦争』家永三郎(岩波現代文庫)とあわせて読むことで、太平洋戦争に対する両極の見方を理解することができる。 - 『細川日記 改版』上・下 細川護貞
過渡期の人間の混乱を描いた日記文学の最高傑作。中でも玉音放送から9月3日までの記述が秀逸。 - 『補給戦』マーチン・ファンクレフェルト/(訳)佐藤佐三郎
本書はナポレオン戦争から第二次世界大戦のノルマンディ上陸作戦にいたるまでの代表的な戦闘を、「補給」という観点から徹底的に分析している。日本同様、ドイツも補給についての認識が弱い。だから、敗戦国になったのだろう。いずれにせよ、どんな組織にとってもロジスティックの重要性は変わらない。本書は「ロジ」を考えるための決定版である。
B 競争社会を生き抜く技を磨く17冊
新書- ★『詭弁論理学』(448)野崎昭弘
論理学の嚆矢。世の中は、詭弁に満ちている。強弁術・詭弁術は魔女狩りでも巧みに駆使された。詭弁に騙されないための基本が身につく一冊。 - ★『理科系の作文技術』(624)木下是雄
理科系科目の教育は、数式やデータを重視するあまり、どうしても説明や論理展開がおろそかになる。そこをなんとかしたいと思い、説明の技法を重視して書かれたのが本書。中でも参考になるのは「手持ち用メモ」を準備しろというくだり。この技法はプーチン大統領も演説のときに活用していた。 - ★『菜根譚―中国の処世訓』(2042)湯浅邦弘
中国の処世術の最高傑作『菜根譚』の解説書。今の日本は新自由主義の影響で先輩から処世術を学ぶ機会がなくなった。だったら書籍から学べばいい。本書は著者自身の価値観を加えて現代風にアレンジしている点も好ましい。 - 『贈与の歴史学 儀礼と経済のあいだ』(2139)桜井英治
ビジネスパーソンが贈り物を媒介した人間関係について考えるのによい参考書。常に奢られていると、いずれ確実に力関係になってくることは覚えておいたほうがいい。『贈与論』マルセル・モース、(訳)吉田禎吾、江川純一(ちくま学芸文庫)とあわせて読むと、贈与の仕組みが良く分かる。 - 『経済学的思考のセンス』(1824)大竹文雄
自分が「勝ち組」に属していると思っている人にお薦め。トリクルダウンが簡単に起きると思っていた時代の本という弱点はあるが、主流派経済学者の立場から誠実に世の中を見るとこうなっているということが分かる。 - 『騎馬民族国家』(147)江上波夫
歴史実証研究の体裁は取っているが、実質的には「物語」であり、新たな国体論といってもよい。ビジネスパーソンにはこの本から、国家の成り立ちには「神話」があるということを改めて学びながら、会社の成り立ちにも多くは神話があることを知ってほしい。 - 『ハンナ・アーレント』(2257)矢野久美子
ブラック会社からしか内定が出なかった。命じられる仕事の内容が反社会的に思える。そんなときに読んで欲しいのが本書。ごく平凡な人間、普通の家庭を持つ善き人であっても、仕事になれば無自覚に悪人になるという悪の構造的な恐ろしさについて指摘したのがアーレントという素晴らしい哲学者だ。『イェルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告』ハンナ・アーレント、(訳)大久保和郎(みすず書房)とともにご一読を。 - 『英語達人塾』(1701)斎藤兆史
この本が優れているのは、最近の文法を軽視した英語教育の迷走を批判し、英語教育の流行に惑わされない点だ。 - 『入門!論理学』(1862)野矢茂樹
論理学の入り口としてお薦めの一冊。必ずメモを取りながら読んでほしい。中でも「背理法」が使えるようになると、人生はお得だ。『新版 論理トレーニング』野矢茂樹(産業図書)とあわせてお薦めする。 - 『発想法』(136)川喜田二郎
川喜田二郎のKJ法を説明した一冊。いわゆるブレーンストーミングの方法。信頼関係が成立している集団でないと役に立たないのが弱点。試してみてもいいだろう。
- 『【マンガ】コサインなんて人生に関係ないと思った人のための数学のはなし』(499)タテノカズヒロ
論理には二種類ある。一つは、言語による論理。もう一つは、記号論理学か数学や物理などの非言語的な論理。だから数学は大事なのだ。価値観がまるで違う北朝鮮だって、三角関数は日本やアメリカと同じなのだから。数学嫌いの人もマンガでたのしく数学の論理を読める。 - ★『女子と就活』(431)白河桃子+常見陽平
まだまだこの社会は男社会であることを怒り、読者を目覚めさせ、処方箋を提示しようとする本。ポイントは産める就活。産める企業かどうかを見極めるポイントが書かれている優れた実用書。 - 『肩書き捨てたら地獄だった』(513)宇佐美典也
玄田氏のいう、転職のリスクを「地で行く」一冊。財務省を辞めた著者による『いいエリート、わるいエリート』山口真由(新潮新書)とあわせて読むと、元官僚というものはなかなか世間が受け入れてくれないという厳しさを痛感できるはず。 - 『修羅場の極意』(500)佐藤優
自著。おかしいと思っても、すぐに行動に移すな。うろたえず、「時」を待て。西原さんの、最悪のシミュレーションだけはしておけという助言は誰にとってもためになる。西原さんの「最悪」は、子どもが非行化すること。そう決めれば、それ以外の事態には動じなくなるから、冷静になれる。 - 『福井県の学力・体力がトップクラスの秘密』(508)志水宏吉+前馬優策
上司が悪い、組織が悪い、とつい愚痴を言いたくなるビジネスパーソンにこの一冊を贈る。地方のトップに務める人にもお薦め。制約すらチャンスに変える力に学べ。
- 『仕事のなかの曖昧な不安』玄田有史
社会の厳しさについて、直截に指摘し、勤労者の恐怖を具体的に書き著した本。転職したいと思ったら、必ず、読み返したい一冊。勘違いで転職する人が増え、雇用が流動化するほど、全体の賃金が下がっていくこともあわせて指摘しておく。 - 『完訳 ロビンソン・クルーソー』ダニエル・デフォー/(訳)増田義郎
「時」をきちんと待つことができたのがロビンソン・クルーソーである。ただ全知全能すぎてあまり参考にならない。押さえておくべきは、この物語が一貫して奴隷を使うことを肯定し、植民地を正当化している点だ。欧米人の根底にはこうした考え方があることを、日本のビジネスパーソンは知っておいても損はない。
C 人間関係・心理に強くなる19冊
新書- ★『行動経済学』(2041)依田高典
心理学はビジネスの現場でも役立つ。心理学と深い関係にあるのが「行動経済学」。従来の主流派経済学が機能しなくなっていることの裏返しで、経済学の最先端と言われている。その「行動経済学」を知るのに便利な一冊。 - ★『酒場詩人の流儀』(2290)吉田類
俳人で詩人、イラストレーターでもある吉田類の文章はときに馬の目線で、ときに猫の目線で世間を眺める。ちなみに、説明的な要素を徹底的にそぎ落とした詩という形態は、人間の心を表すのに非常に強い力を持つ。力強い言葉を発する人は、政治家であっても発言はポエムの連続だ。小泉純一郎元首相などはその典型。 - 『睡眠のはなし』(2250)内山真
睡眠障害を軽くみない方がいい。本書を読んで、少しでも自分の睡眠に問題があると感じた人は、専門医に睡眠薬の処方を相談することをお勧めする。『精神科の薬がわかる本』姫井昭男(医学書院)も参考になる。 - 『時間と自己』(674)木村敏
精神科医の木村氏はこう述べる。「鬱病の発病状況がすべて『所有の喪失』としても理解できる」。最近のビジネスパーソンは鬱的な時間との親和性が高い人が多いと思う。自分の時間感覚が揺さぶられたときは危ない。気をつけてほしい。 - 『死刑囚の記録』(565)加賀乙彦
多くの無期囚は“刑務所ぼけ”に陥る。「外部と隔絶した施設内では、いつも同じ人間、同じ場所、同じ規則の反復にかこまれているから、囚人たちの感情の起伏はせまく、何ごとに対しても無感動になる。ふつうの人間であったら耐えられぬような単調な生活に彼らが飽きないのは、実はこの感情麻痺があるからだといえる」オフィスのルーティンワークにも同じ危険因子が存在する。『監獄の誕生―監視と処罰』ミシェル・フーコー、(訳)田村俶(新潮社)もあわせて読んでみてほしい。
- ★『困った時のアドラー心理学』(363)岸見一郎
アドラーが創始した「個人心理学」を研究し、影響を受けてきた著者が執筆した本。他人とどう付き合ったらいいのか、という悩みに指針を示したアドラーのアドバイスを踏まえつつ、「相談」に回答していく。身近な人に相談できないような悩みを抱えたビジネスパーソンに、この本は有意義だ。 - 『私、パチンコ中毒から復帰しました!』(441)本田白寿
タバコ、アルコール、パチンコ、ネット。依存症の問題は深刻だ。本人の治癒を目指すことはもちろん大事だが、周囲の人が壊れないようにすることも、とても大事だ。周りの人は、自分のせいで依存症になったのではないかなどと思い悩まないことだ。『インターネット・ゲーム依存症』岡田尊司(文春新書)も参考になる。イザというときには躊躇せず精神科へ走ろう。 - 『となりのクレーマー』(244)関根眞一
本書は苦情処理のプロがクレーマー対策を具体的に教える本だが、大事なのは、すべての苦情やトラブルを一人で抱え込まないことだ。おかしなクレーマーに絡まれたらともかく上に相談して逃げてほしい。上司はそのためにいるのだから。借金を返済させる仕事に従事した『督促OL 修行日記』榎本まみ(文春文庫)もあわせて読んでおきたい。
- ★『猫と庄造と二人のをんな』谷崎潤一郎
谷崎は私と同様、真に猫好きだと分かる。主人公があまりに猫好きであるために、妻と元妻が猫に嫉妬するという話。ちなみに、猫はスカンク同様、肛門腺があって液を出す。猫を飼うなら、動物病院に行って、この肛門腺を定期的に絞ってもらおう。 - 『マンガ 日本の古典21 御伽草子』やまだ紫
やまだ紫もまた、猫をえがくのがとてもうまい漫画家だ。本書の「猫の草子」などに登場する猫も逸品だ。この時代、日本は天竺や唐と比べるべくもない小さな国だったのだ。日本はこうした小国であることを意識して虚勢を張るべきではないという教えを、いまこそ噛みしめたい。 - ★『ファウスト 悲劇第一部』ゲーテ/(訳)手塚富雄
まったく癒やされない動物が出てくる古典中の古典から一冊。ファウストは街の中で愛嬌のあるむく犬と出会い、書斎に連れ帰る。そのむく犬は実は悪魔だった。本作は、西洋の古代から現代までの思想の流れが集約されているという点でも意義深い。海外の取引先と揉めたときは、相手がどんな思想に基づき行動しているか見抜くことも必要になる。『ファウスト』を読んでおくと、様々な西洋思想が理解でき、欧米人の理解に役立つこともあるかもしれない。さて、悪魔は進化する。悪も進化する。ここが読みどころだ。 - 『八日目の蝉』角田光代
本作は、不倫相手の男の家庭に産まれた子どもを、主人公が誘拐して育てるというストーリーだ。圧巻は裁判の光景だ。主人公は不倫相手だった男は許しても、口をきわめて自分を罵った男の妻を許しはしない。不倫は、割に合わないほどリスクが高い。ビジネスパーソンは男女ともに知っておいたほうがいい。『幸せ最高ありがとうマジで!』本谷有希子(講談社)とあわせてご一読を。 - 『マンガ 日本の古典8、9 今昔物語』上・下 水木しげる
『今昔物語』も、不倫の話が数多い。大昔から不倫が日常茶飯事だったということだ。『今昔物語』には、死者と生者の世界には通用門があるという発想がある。今と比べると、昔の人は死者にもっと近かったのだと思う。そういう時代を想像することができる。著者の水木しげる氏は人間の限界を知っている。そのあたりの感覚が作品にもよく出ていると思う。 - 『マンガ 日本の古典28 雨月物語』木原敏江
本書も化け物の世界。人に恨まれることは恐ろしい。わけても怖いのは「吉備津の釜(107頁)」。気立てのよい妻を騙して遊び続けた夫を、妻の死霊が復讐するという話。 - 『神様』川上弘美
「くま」の日常などをえがいた短編集。川上氏の短編集には、いじめの問題、仕事のやりがいの問題など、人生の諸問題が詰まっている。寓話の力を知るのにもうってつけだ。この人は若くして古典作家の領域にいる。 - 『痴愚神礼讃』エラスムス/(訳)沓掛良彦
カトリックの司祭、神学者でありながら、カトリック体制を根本から揺さぶり、十六世紀という世紀を覆い尽くした知的巨人だ。ただしカトリックをコテンパンにしておきながらプロテスタントには行かなかった。だから神性冒瀆がない。ビジネスパーソンがここから学ぶべきは、ユーモアと侮辱の境界線だ。お笑い芸人の言動を真似る人が増えている。そのせいか、どうもユーモアと侮辱を踏み越える若手が少なくない。言っておくが、この世の中に無礼講はない。社内の飲み会の無礼講には注意が必要だ。 - 『新選組始末記』子母澤寛
本書は、小説家かノンフィクションか分からないノンフィクションノベルの走りである。新選組関連本の原点のような作品だ。子母澤氏は、読ませる作家だと思う。なぜ、これだけすごい大衆小説の書き手が忘れ去られてしまっているのだろう。 - 『「酒」と作家たち』浦西和彦
昔の作家はよく酒を呑んだ。そんな中、一滴も呑まなかった川端康成のハナシが面白い。呑まない人には別の楽しみ方もあると指摘しておこう。
D 教養で人生を豊かにする18冊
新書- ★『教養主義の没落』(1704)竹内洋
いつからか、日本では教養のある人たちがカッコ悪い存在になり、社会にとって邪魔な存在になりはじめた。多くの人はその理由を七〇年安保闘争に明け暮れた全共闘時代の反権威主義に求めるのだが、竹内氏はもう一つ違った角度からの考察をしている。教養主義が没落し、現在の日本社会は反知性主義に覆われている。竹内氏は、その反知性主義のルーツはお笑い芸人にあると指摘する。『死の哲学――田辺元哲学選IV』田辺元(編)藤田正勝(岩波文庫)にも、原子力を見たくないから、ラジオがお笑いばかりになっていることを指摘しているくだりがある。いま、アメリカでは不動産王のトランプが民衆の支持を得ている。アメリカの反知性主義は日本とは随分違った形で形成されたものだが、日米比較をするなら『反知性主義』森本あんり(新潮選書)がよい参考書になるだろう。 - ★『批評理論入門』(1790)廣野由美子
行間から別の声がきこえてくるような本を読んで、複雑な人間社会を読み解けるようになるために、この本をお薦めする。本書は小説『フランケンシュタイン』について、あらゆる読み方を提示し、小説とは何かを考えた。 - ★『ゾウの時間 ネズミの時間』(1087)本川達雄
心臓は二〇億回打って止まる。鼓動が速いと早く死んで、遅いと長生きする。ビジネスパーソンにとって役に立つのは、人間の時間感覚について。視覚主導型の我々人間は時間の感覚が弱い。『二百回忌』笙野頼子(新潮文庫)などにえがかれる奇妙な時間の歪みは、人間の時間感覚の弱さゆえに生まれる作品だ。仕事が成功するかどうかは、時間の管理が鍵になるのは間違いない。プレゼンで与えられた時間の倍しゃべる人間に能力のある人はいない。 - 『チョコレートの世界史』(2088)武田尚子
ジュリエット・ビノシュ主演の映画『ショコラ』はいい映画だ。本書を読みながら、この映画を思い出した。「実は、第二次世界大戦中、日本でも溶けないチョコレートの開発が進められていた」。こうした知識は、海外からの客にも披露できる。意識的に仕入れておきたい。 - 『世界史の叡智』(2223)本村凌二
本書は、悪役、名脇役という、いわば歴史の「影」の部分に光を当てることで、歴史のパラドクスを浮かび上がらせる。面白かったのは「汪兆銘」。日本の傀儡と罵倒された汪兆銘の働きにより、全面的な日中戦争になったからこそ、毛沢東は燻っていた民衆の力を使って共産党革命に道を開いたのだから皮肉なものだ。「正史」とは異なるこうした視座を持つことで、真に厚みのある教養人になれる。
- ★『国富論』Ⅰ〜Ⅲ アダム・スミス/(訳)大河内一男
経済の実態を書いているものなので意外によみよい。人間の労働が価値を生み、労働が商品の価値を決めるという「労働価値説」が示されている。この古典派経済学の基本はいまだ健在だ。若いビジネスパーソンは自分が働くことで価値が生み出されているということに懐疑的になる必要はない。額に汗して働く大切さは、いつの時代も変わらない。 - ★『星の王子さま』サンテグジュペリ/(訳)小島俊明
諦観の必要性について考えさせる一冊。この物語には、何事も変化するし、消えてしまうという諦観がある。人生にとって重要なのはここだ。うまくいっていても、いかなくなる日が必ず来る。逆もある。そう考えればしなやかに生きていけるのではないか。平易なので外国語の学習にも向いている。様々な言語で読んでみるのも楽しい。 - 『数学受験術指南』森毅
受験勉強も時間を決めて集中して取り組んだ方が効率的だ。著名な数学者はそう指摘する。同感だ。一定の時間以上をかけない。お尻を切ることで没頭する。これが勉強のコツだと私も思う。 - 『味 天皇の料理番が語る昭和』秋山徳蔵
半世紀以上にわたって昭和天皇の台所を預かり、日常の食事と宮中饗宴の料理をつかさどった初代主厨長の記録的なエッセイ。いまではこんな本は書けないのではないか。知られざる皇室の「味」の記録だ。重要な証言であり、歴史的資料としても価値がある。 - 『猫のほんね』野矢雅彦/(写真)植木裕幸/福田豊文
しつこいようだが、私は猫が好きだ。面白いのは猫と人間で見ている世界が違うこと。猫は動体視力に優れている。一見、人間のそばにいるようだけれど、猫は猫の論理で生きている。でありながら、人間ともうまく折り合いをつけて共存、併存できる。あなたの職場に変な人がいたら、猫になったつもりで併存を目指せ!ネコを知るためには、『ネコの動物学』大石孝雄(東京大学出版会)も お薦めの一冊だ。 - 『園芸家12カ月』カレル・チャペック/(訳)小松太郎
盆栽、家庭菜園など、土いじりにハマる日本人も多い。癒されるのだと思う。一方、ヨーロッパの人々にとっての植物への思いもまた、独特のものがある。「庭は完成することがないのだ。その意味で、庭は人間の社会や、人間の計画するいろんな事業とよく似ている」。 - 『真昼の星空』米原万里
チェコで子ども時代を過ごした米原氏のエッセイ集。文化というものの持つ拘束性の強さについて、深く噛みしめるのにうってつけの本だ。 - 『ドナルド・キーン自伝』ドナルド・キーン/(訳)角地幸男
ヨソモノでなければできない仕事がある。外部の目の大切さを裏付けるのがこの本だ。三島の自殺の原因がノーベル賞にあった、などという指摘ができるのは、ヨソモノだからこそ。 - 『後水尾天皇』熊倉功夫
後水尾天皇は、学道と芸道を究め、修学院を造営した文化的な天皇として知られる。政治全体を文化で包み込もうとした人物である。文化によって包まれている政治は強い。今の安倍政権に最も欠けている部分だ。こんな時代にこそ読み返したい。 - 『虚人たち』筒井康隆
若かりし筒井氏による実験的な小説。111頁から123頁をぜひ開いてほしい。ほとんど白紙なのだから。筒井氏はこの手法を『驚愕の曠野』筒井康隆(河出文庫)でも用いている。私はこの実験から、人間の日常のコミュニケーションにおける沈黙の重要性を感じ取った。沈黙によって雄弁であること以上に語らせるという深みを感じさせる手法だ。 - 『人口論』マルサス/(訳)永井義雄
マルサスは、人口は幾何級数的に増加するが、食糧は算術級数的にしか増加しないと主張する。だから、人類が貧困から脱出する方法は、人口抑制しかないという。だが現在は農業が改革されたことなどでマルサスの主張で社会を説明しきることはできなくなっている。ただ、財の希少性を指摘したという意味では、現代にも十分に通用する。
E 国家とは何か、日本とは何かを考える20冊
新書- ★『文化人類学入門(増補改訂版)』(560)祖父江孝男
本書は文化人類学の入門書として高く評価されてきた。著者によれば、人類学はアメリカとイギリスとドイツ・オーストリアと日本でそれぞれ異なっている。いずれにせよ、人間は文化を持つことに特徴があり、その構造を勉強することで日本の特質をあぶり出すことができるのは間違いない。本書はこの学問分野の全体像が見渡せる優れた入門書である。 - 『地政学入門』(721)曽村保信
戦後、日本ではタブー扱いされてきた学問「地政学」。日本を理解するうえでも地政学はとても重要なのだが、戦争と結びつく戦略論であったため、戦後は腫れ物に触るように避けられてきた。地政学の良質な入門書となると、この本くらいしかない。著者によれば、人間のこれまでの政治や社会の通念が揺らぎだすのを感じたときに世界の現実を大きく整理するための学問が地政学である。地理は動かない。国は引っ越せない。だから地政学は重要なのだ。世界に新たな秩序が形作られつつある今こそ読むのにふさわしい。 - ★『ある明治人の記録』(252)石光真人
複眼的に歴史を見ることの重要さを示す一冊。本書は、朝敵の汚名を着せられた会津藩士の子ども柴五郎の半生の記録だ。薩長側に抹殺された暗黒の歴史を、敗者側から見た維新の裏面史で、とても興味深い。感銘を受けたのは、第二次世界大戦末期のころの柴五郎翁の様子だ。日本が植民地化されないために必死で戦ったのに、その日本が植民地化を進めている。その政策を進めているのは薩長土肥である。こうした中で、会津人はともかく沈黙して、自分のするべきことを淡々とこなしていったのだ。国家というものの構造を、立体的に理解する助けとなる。重要な史料だ。 - ★『財務省と政治』(2338)清水真人
本書は、日本国を背負い、かつて「最強官庁」といわれた財務省の劣化を予見する。「『最強官庁』を土台から揺るがすのは人材を巡る二〇年越しの構造要因だ。その起点は、橋本龍太郎内閣下の一九九六年七月三一日に閣議決定した国家公務員の第九次定員削減計画にある」。本書は、二〇年以上、取材を続けてきた『日本経済新聞』編集委員の清水氏が執筆した。アベノミクスの構造を知るうえでも参考になる。 - 『夫婦格差社会』(2200)橘木俊詔/迫田さやか
著者は年収ごとに丹念に分析した結果、若い男性が結婚するか、しないか(あるいは、できないか)の差は三〇〇万円が境になっているという。共働きが当然となったいま、鍵を握るのは妻だと解き明かす。 - 『日本占領史1945-1952』(2296)福永文夫
本書は、「戦後体制」がつくられた日本が、占領されていた七年間を描きだした福永氏の傑作だ。そのころ本土では反基地闘争が沸騰し、本土の米軍基地の返還は進んだが、逆に施政権がない沖縄は民有地が接収されるなどして基地が集約されていった。現在、沖縄にいる海兵隊は、元々本土にいた部隊がこのころに沖縄に移されたものだ。沖縄を理解するためには歴史のみならず、『カクテル・パーティー』大城立裕(岩波現代文庫)や『水滴』目取真俊(文春文庫)など、小説もあわせて読むといい。マイノリティーの心象風景がよく書かれているという意味では、沖縄人を父に持つ又吉直樹氏による『火花』(文藝春秋)もお薦めだ。 - 『キメラ―満洲国の肖像(増補版)』(1138)山室信一
満洲国の国家形成から変遷・変容を経て、壊滅にいたるまでをえがいた傑作。驚愕したのは、一三年も続いたこの傀儡国家には、満洲国という国籍を持った国民が一人もいなかったという事実だ。統治というものの不可解さについて根本的に考えさせられる。 - 『地獄の思想』(134)梅原猛
本書は、仏教思想からくる日本人の精神の伝統について書いた梅原氏の著作だ。人間の苦悩への深い洞察と、生命への真摯な態度を教え、日本人の魂の深みを形成してきたのが地獄の思想である。ポイントは、地獄は人の心の中にあるということだ。ビジネスパーソンは、ぜひ心の中の地獄を上手に飼い慣らし、地獄と平和的に共存していくことをお勧めする。
- ★『世界の日本人ジョーク集』(202)早坂隆
著者は決して日本の劣化を書いたわけではないのに、結果的に日本の劣化が浮かび上がる本だ。本書は、二〇〇六年に刊行された。日本の豊かさ、技術立国ぶりを皮肉ったものが多く、日本がオチになっているジョークも多いのだが、いま現在の日本は、海外からここまでイジられるほどの力はない。ジョーク、アネクドートというものは、半分の真理を含んでいる。だから興味深いのだ。
- ★『文明の生態史観』梅棹忠夫
民族学の大家による著作。表題作は、梅棹が戦後に提示した新しい「世界史モデル」。そのほか一〇の論考が収まる。第一地域と第二地域の分け方が正しいかどうか、相互交渉があったかどうか、それが実証的な研究になっているかどうかはともかく、本書は、歴史というものがいくつかの物語で読めることを教えてくれる。こうした複眼的な視点は国家を考えるうえで重要だ。 - 『沖縄の島守』田村洋三
本書は、米軍の沖縄攻撃二ヵ月前に、県外から赴任した沖縄県知事と県警本部長が、最後まで県民と一緒に行動し、県民保護に命がけで取り組んだことについてのノンフィクション作品。興味深いのは二人組ではなく前任のI知事。国家の考察からズレるが、I知事の慌てふためく様はあまりに面白い。 - 『ハル回顧録』コーデル・ハル/(訳)宮地健次郎
ハル・ノートを突き付け、日本を開戦に追い込んだとされるハルの自伝。興味深かったのは、ハルの日本の官僚批判だ。極めつきは野村吉三郎大使で、人柄には好意的だったのだが、英語力に失望していたらしい。すぐ「イェス、イェス」というけれど、半分もわかっていないらしい――と疑っていたようだ。国家を守るためには、外交官の英語教育が欠かせないという、ごく当然のことを噛みしめる戦慄の書。 - 『ガンジー自伝』マハトマ・ガンジー/(訳)蝋山芳郎
非暴力抵抗が成功した理由は、ガンジーが人格者で人々を感化したということにつきる。本書には人々を感化するための具体策が書かれていてお得だ。ガンジーモデルは、会社の中でも使える。エルメスのバッグなど持たないで、仕事は一生懸命やって、悪口も言わない。ときどきさりげなく部下にランチをおごってやる。計算ずくでも一年間くらい努力すれば派閥が形成されるはずだ。この本は役立つ。 - 『評伝 北一輝』I〜Ⅴ 松本健一
伝説の革命思想家の全体像を描き出そうとした渾身の評伝。北が日米戦争が太平洋戦争になるという認識を持っていた点を興味深く読んだ。惜しむらくは、若くして死んだ人間を持ちあげすぎているきらいがあること。ロマン主義的で、「物語」的な要素が多いのだ。私見だが、世間を渡るためには、やはりガンジーのように長生きだった人に学ぶべき点が多いと思う。 - 『世界のなかの日本』司馬遼太郎/ドナルド・キーン
対談本。江戸・明治人の言葉と文学、モラルと思想、世界との関わりから日本人の特質が浮かび上がる。キーン氏は、ヨーロッパ文化全般について、三つの受け止め方があったと見立てる。「一つ目は、ヨーロッパ文化を拒否する」「二つ目は、採用はするけれども、抵抗を示す」。漱石はこの代表だ。「三つ目の可能性として、外国の影響を喜んで受ける」。キーン氏は鷗外をここに分類する。明示的ではないのだが、キーン氏が、苦しんだ漱石を評価しているふうがみてとれる。いずれにせよ、国家が急に方向転換したことで、一部の知識人が文化衝突の中で苦しんだことがよく分かるという意味で面白い。 - 『内村鑑三』富岡幸一郎
江戸時代末期に武士の子として生まれ、後に日本のキリスト教思想家となる内村鑑三について書かれた本。内村が最も興味を持ったのは、『新約聖書』の中の使徒パウロの手によるとされる書簡『ロマ書』だ。ちなみに、イエス・キリストを救世主と考える教えをキリスト教という宗教にしたのは、生前のイエスと会ったことがないパウロである。内村鑑三の言説は、ナショナリズムとキリスト教を考えるうえでも重要だ。内村は二つのJ、すなわちJesus(イエス)とJapan(日本)を愛すると言った。富岡幸一郎氏は、善き日本人であり、善きキリスト教徒であるとはどういうことかという問題を、二十一世紀において真剣に考えている思想家だ。内村の思想は富岡氏に継承されている。
F 歴史と宗教を学び直す22冊
新書- 『イギリス帝国の歴史』(2167)秋田茂
イギリス帝国の歴史の本。中南米、アフリカなどにはいまでもイギリスなど旧宗主国に対する激しい怨恨感情があるが、日本はイギリスに対する好感度が高い。それは、イギリスの政策によるところも大きかった。イギリスがアジア全体を見渡す際の「拠点」に日本は選ばれたのだ。地政学的にイギリスからアジア戦略の拠点にされた日本は、幸運にもそれが自国の発展につながったわけだ。 - 『アーロン収容所』(3)会田雄次
帝国主義的なイギリス人の人種差別観をあますところなく書いた本。歴史家だった著者が戦後、ビルマでイギリス軍の捕虜となった二年弱の記録だ。著者は「英軍さらには英国というものに対する燃えるような激しい反感と憎悪を抱いて帰ってきた」という。命じられて女兵舎の掃除をすることがあったのだが、お礼にタバコをくれるときは「手渡したりは絶対にしない。口も絶対にきかない。一本か二本を床の上に放って、あごで拾えとしゃくる」だけ。もしくは「足で指図」する。それまで歴史家として会田氏が知っていたイギリス人の態度とはまるで違っていたのだと思う。勝利者が都合よく書いた歴史とはまったく違う「史実」だ。 - 『科挙―中国の試験地獄』(15)宮崎市定
中国の科挙制度について書かれた本。一三〇〇年あまり続いた科挙の実態を克明に描き、試験地獄を生み出す社会の本質をあぶり出そうとしている。面白かったのは、科挙の盛り上がりでマスコミが発達してくること。いずれにせよ、この試験制度が中国の力の源泉であったことは間違いない。中国の底力の一端をうかがい知ることができる。 - 『ヒトラー演説』(2272)高田博行
言葉の力を思う存分に悪用することで、世界を歪めてしまったヒトラーの研究書。ヒトラーの登場からドイツ敗戦までの二五年間、一五〇万語におよぶデータを分析した力作だ。ヒトラーは、小さなリッペという町での選挙を、巧く活用した。非常に限定された地域で行われた選挙を、都合よく拡大させるプリズム効果を狙い、見事に成功させた。ヒトラーの演説は、単にプロパガンダを振り回し、扇情的であるだけではなく、よく計算されていたのだ。ヒトラー『わが闘争』上・下(訳)平野一郎、将積茂(角川文庫)とあわせて読みたい。 - 『戦後世界経済史』(2000)猪木武徳
第二次世界大戦から20世紀末までの世界経済の動きと変化を、データと経済学の論理を用いて鳥瞰することを試みた本。経済史という観点から歴史を読んでいて面白い。「平等を目指す社会において自由が失われ、自由に満ち溢れた社会では平等が保障されにくいということは、過去二〇〇年の世界の歴史が明らかにした」と指摘する。確かにそうなのである。ただ、本書刊行が二〇〇九年で、さらにグローバリゼーションは進展し、自由に比重を置き、過剰な自己責任論が蔓延する危険については、著者の射程に含まれていない。経済格差が広がり、宗教も薄くなった。それが排外主義につながる背景にあるのではないか、というのが、エマニュエル・トッド『シャルリとは誰か?』 (訳)堀茂樹(文春新書)の主張だ。 - 『後醍醐天皇』(1521)森茂暁
後醍醐天皇ほど、時とともに評価の変わる人物はいない。興味深かったのはその国際的な感覚だ。南朝の正当性を説いた北畠親房の『神皇正統記』を採用し、独自の発想で生き残りをかけながら、その後自身も、東アジアのグローバルな中華圏の一人として生きていたことが浮き彫りになる。 - 『昭和天皇』(2105)古川隆久
興味深いのは、関東軍による張作霖爆殺の後、天皇が田中義一首相を叱責し、田中が内閣総辞職に追い込まれるあたりの記述だ。「天皇の意向、すなわち『聖断』により内閣が退陣したのは、これが初めてで、結果的に唯一の事例となった」。この後、様々な局面で昭和天皇の介入があれば回避できたのではないかという事態が数多く起こるが、これが回避できなくなったのもこのときのご聖断が影響してしまった気がする。
- 『世界史』上・下 ウィリアム・H・マクニール/(訳)増田義郎/佐々木昭夫
世界史を通史のかたちでまとめ、これだけの質を担保するのは難しい。本書には、将来的には「地球的規模でのコスモポリタニズム」が実現するという理想がある。最終的に世界は一つになるという、アメリカの典型的な考え方がよく出ている。著者は一方で人口急増に危機感を持ち、また一方でエイズなどを例に「感染病がまた復活する明らかな兆候がある」と述べ、人口が減少していく可能性をも示唆する。『おとなの教養』(NHK出版新書)でも感染症の危機に触れられ、興味深い。小説では、ダン・ブラウンの『インフェルノ』上・中・下(訳)越前敏弥(角川文庫)も感染症の恐ろしさについてイメージがわく。 - 『世界の歴史11 ビザンツとスラヴ』井上浩一/栗生沢猛夫
ビザンツ帝国(東ローマ帝国)とスラブについて考えるなら、本書しかない。重要なのは、ビザンツとロシアの連続性だ。ロシアは自分たちには特別な使命があると考えている。古代ローマ帝国が滅び、第二のローマであるコンスタンティノープルも滅びた。そして、ローマはモスクワに移った。このため、ロシアは全世界を救済するという特別な使命を帯びていると信じているのだ。これがロシアの帝国主義的な振る舞いの理由にもなっていることが分かる。 - 『世界の歴史20 近代イスラームの挑戦』山内昌之
イスラム世界を読み解くための優れた歴史書。現在、この地域で繰り広げられている争いは、その背景に、かつてオスマン帝国の解体プロセスで、英仏露の三ヵ国が争った負の遺産が処理されていないことに原因がある。。そのことがとてもよく分かる一冊だ。イランがある種の民主主義国家であるという問題(「イラン立憲革命と日露戦争」)、中央アジアの問題(「シルクロードのイスラームとロシア」)、カフカースの問題(「イスラームと民族問題」)も踏まえていて、現代の複雑な危機を読み解く基本書になっている。強く推薦したい。 - 『寛容論』ヴォルテール/(訳)中川信
キリスト教の新教徒が冤罪で処刑された「カラス事件」を契機に、宗教や国境や民族の相違を超えて、「寛容(トレランス)」を賛美したヴォルテール。一神教的な世界観には、常に非寛容論が生まれるのである。この不寛容さは、イスラム世界を理解する際にも有効だ。現代の国際社会においても、諸文明の対話が簡単ではない理由がとてもよく分かる。『ツヴァイク全集 17 権力とたたかう良心』ツヴァイク著、(訳)高杉一郎(みすず書房)もあわせて薦めたい。 - 『正統と異端』堀米庸三
十二世紀、十三世紀のカトリック教会の激しい異端弾圧の時代には、包摂の歴史もあった。本書は、本来なら異端として弾圧されても不思議のない托鉢修道会「フランシスコ会」を、ときの教皇イノセント三世の判断で体制側に取り入れるといったダイナミズムによって、カトリックの危機を乗り切ったことを説き明かす。異質な物を体制側に取り入れていくことで、組織は強くなる。現在のローマ教皇は、アルゼンチン出身。マイノリティーである。そのローマ教皇が、「フランシスコ」と名乗るのは、少数派であることを意味する。組織の延命のためにどうすればよいか。あらゆる組織を考えるうえで抜群の参考書である。 - 『告白』I〜Ⅲ アウグスティヌス/(訳)山田晶
ローマ帝国末期のキリスト教最大の教父が自身の内的世界を赤裸々に告白し、信仰に至るまでを綴った記録。後にキリスト教に改宗するが、アウグスティヌスは、マニ教の信者だった。マニ教は禁欲の宗教で、性欲に罪の根源があり、それを克服する人間は救済されるといった教えである。アウグスティヌスがマニ教であったために、後のキリスト教にはマニ教が入り込んでいる。そういう意味でも興味深い。 - 『中世の秋』上・下 ホイジンガ/(訳)堀越孝一
本書は、「中世の秋」として、中世から近代にかけての思考と感受性の構造を、絶望と歓喜、残虐と敬虔という対極的な激情としてとらえた。自然の隠れている力を悪魔は知っている。その自然の力が脱構築されて世俗化したものが科学である。このため、近代科学の根っこには悪魔論がある。近代科学と悪魔には連続性があることがこの本から分かる。 - 『蓮如』五木寛之
蓮如の人生を描いた戯曲。巨匠と呼ばれる作家は、宗教をテーマにする人が多い。死は永遠のテーマで終わりがないからだと思う。戯曲を手掛ける人は、本質的に言葉の力を信頼している人だと思う。言葉のやりとりのみで感動を生み出せると信じていなければ戯曲は書けない。近年、五木氏のエッセイの中で、若者に対してのメッセージ、叱咤激励などが増えているように思う。戯曲が書ける人、擬似対話ができる人だからこそ、若者の心にも届くメッセージをおくることができるのだと改めて感じた。 - 『日本の歴史9 南北朝の動乱』佐藤進一
南北朝を扱った本の中で本書は傑作だ。面白かったのは経済政策。京都を貨幣経済の中心地にして体制を整えることを目指したのだが、このため、その支配領域が狭くなってしまった。これが室町幕府の衰退につながっていくのだ。その様は、二十一世紀のグローバリゼーションの進んだ世界の中での日本を見るためにも参考になる。 - 『日本の歴史14 鎖国』岩生成一
日本の鎖国政策とは、基本的には、カトリシズムを排除することだった。普遍的な価値観を力によって押し付けることを、日本は鎖国によって拒否したのだ。ただ、鎖国は必ずしも対外関係の遮断でなかったことも本書から知れる。筆者は両論併記で明言を避けたが、私は本書から鎖国政策は必要不可欠だったという印象を持った。 - 『新編 特攻体験と戦後』島尾敏雄/吉田満
特攻の生き残りの島尾と、戦艦大和の生き残りの吉田の壮絶な対談。あの時代に関する重大な証言だ。異常な体験から導き出された答えは、日常を真面目に生きて行くこと。いかに生きるかということ。深い感銘を受けた。とてつもない誠実さである。
現代プレミア ノンフィクションと教養 - 佐藤優・編
→ 加藤陽子 ノンフィクション100選
→ 佐藤優 ノンフィクション100選
→ 佐野眞一 ノンフィクション100選
総合ベスト10
- 『日本共産党の研究』立花隆/講談社文庫/全3巻
1922年の党成立から戦時下の弾圧による崩壊までを記録した戦前の日本共産党通史。コミンテルンの支配、リンチ事件――当時の関係者の証言も交え膨大な資料を渉猟、共産党の激動の歴史を活写する - 『戦艦大和ノ最期』吉田満/講談社文芸文庫
1945年3月29日、世界最大の不沈戦艦といわれた「大和」は呉軍港を出港した。学徒出身の若き海軍少尉として「大和」に乗り組んだ著者が巨大戦艦撃沈のさまを敗戦直後に克明に綴った手記 - 『レイテ戦記』大岡昇平/中公文庫/全3巻
太平洋戦争の“天王山”レイテ島に展開された日米両軍の死闘。膨大な資料を駆使して、精細かつ巨視的に、戦闘の姿を記録する。戦争と人間の問題を鎮魂の祈りを込めて描き切る戦記文学 - 『昭和史発掘』松本清張/文春文庫/全9巻
政界に絡む事件の捜査中に起きた「石田検事の怪死」、部落問題を真正面から取り上げた「北原二等卒の直訴」など昭和初期の埋もれた事実に光をあてる。未発表資料と綿密な取材で描く圧巻の作品群 - 『誘拐』本田靖春/ちくま文庫
東京オリンピックを翌年に控えた1963年、東京の下町で起きた幼児誘拐殺害、吉展ちゃん事件。犯人を凶行に走らせたものはなにか。貧困と高度成長が交錯する都会の片隅に生きる人間の姿を描く - 『ベスト&ブライテスト』D・ハルバースタム/朝日文庫/全3巻
ケネディ大統領が政権に招集した「最良にしてもっとも聡明な人々」。彼らエリートたちはなぜ米国をベトナム戦争の泥沼に引きずり込んだのか。賢者たちの愚行を綿密な取材で追跡する現代の叙事詩 - 『テロルの決算』沢木耕太郎/文春文庫
1960年、社会党の浅沼稲次郎委員長は17歳の右翼の少年山口二矢に刺殺された。政治の季節に邂逅した2人が激しく交錯する一瞬までを、臨場感あふれるシーンを積み重ねて物語へと結晶させた - 『苦海浄土 わが水俣病』石牟礼道子/講談社文庫
チッソの工場廃水の水銀が引き起こした文明の病・水俣病。この地に育った著者が聞き書きの形をとって患者とその家族たちの魂を物語る。極限状況を超えて光芒を放つ人間の美しさを鮮やかに描き出した - 『サンダカン八番娼館』山崎朋子/文春文庫
戦前の日本では、10歳に満たない少女たちが海外に身を売られ南方の娼館で働かされていた。天草のおサキさんから聞き取った話には「からゆきさん」の過酷な生活と無残な境涯映し出されていた - 『自動車絶望工場 ある季節工の日記』鎌田慧/講談社文庫
高度経済成長期の自動車工場。花形産業の象徴であるはずの工場では労働者が日々絶望的に続くベルトコンベア作業に追われていた。現場に飛び込み自ら働いた体験を再現したルポルタージュ。今こそ必読
加藤陽子 ノンフィクション100選
ベスト10- 『野中広務 差別と権力』魚住昭/講談社文庫
田中角栄により確立された日本型所得再分配のシステム、それを支えた野中広務伝の決定版。法律の裏面を読み抜き、相手陣営の切り崩しに果敢に挑む野中の行動と倫理に対し深い共感を覚えている自分に驚く - 『レイテ戦記』大岡昇平/中公文庫/全3巻
35歳で召集されフィリピンはミンドロ島に連れていかれた老兵が日米の史料を駆使して描いた戦。愚かな作戦であったとは書いても、愚かな日本軍であったとは書けない作者のまなざしもまた魅力的 - 『アメリカの影』加藤典洋/講談社学術文庫
アメリカの原爆製造計画が実のところ日本への投下を当初から織り込み済みであったのではないか、との問いは衝撃的であった。日本の知識人は高齢化すると何故右への情熱の虜となるのかとの問いも今なお新鮮 - 『淋しき越山会の女王』児玉隆也/岩波現代文庫
表題作は、同時に発表された立花隆『田中角栄研究 その金脈と人脈』に比べ、湿度を感じさせる文体。佐藤昭の故郷・新潟県柏崎の風土を思わせる。著者の38歳での早逝が惜しまれる - 『国家の罠』佐藤優/新潮文庫
外務省欧亜局とは別の筋で対ロ情報活動に従事してきた著者逮捕劇の政治的な舞台裏を活写。情報に関わってきた著者の力の程は、この本一冊で世の中の見方を一変させた手腕からも折り紙付 - 『阿片王 満州の夜と霧』佐野眞一/新潮文庫
上海をベースとする阿片取引で軍機密費を一人叩き出していた魔王・里見甫の生涯を追った評伝。里見が敗戦後直ちに中華航空機で日本に舞い戻れた一件自体、開拓団の悲惨さを考える時、感無量 - 『昭和天皇』(第一部、第二部)福田和也/文春文庫(文藝春秋)
「彼の人」という主語を編み出すことで、天皇にまつわる敬語表現の桎梏を脱し、史料の博捜から昭和天皇の「さびしさ」を描く。いまだ連載中だが、昭和天皇ものの決定版となるのではないか - 『不当逮捕』本田靖春/講談社文庫
検察・政界に手を突っ込み大胆に情報を得て昭電疑獄などの特ダネをものにした読売新聞社会部の伝説の記者・立松和博の栄光とその死を追う。読者は立松の姿が本田自身の姿と重なるのに気づかざるをえない - 『昭和史発掘』松本清張/文春文庫/全9巻
蹶起将校側、鎮圧側双方の新史料を博捜し、透徹した人間観察に裏打ちされた目で斬った二・二六事件像は他の追随を許さない。佐分利貞男公使の怪死、スパイMの謀略等についても秀逸(新装版) - 『夜の食国(よるのおすくに)』吉田司/白水社
日本という国が東アジアにあることの重さと宿命を、海の民・山の民の守護神・月讀命(つくよみのみこと)の系列の思想を、古典に遡りつつ、古層に沈んだ日本の周辺地域の語りから蘇らせた傑作
- 『歴史は生きている』朝日新聞取材班/朝日新聞出版
日、中、韓、台湾の歴史教科書に描かれた東アジアを、歴史家の目、記者の足で再構成した力作 - 『「中立」新聞の形成』有山輝雄/世界思想社
学術書だが、新聞研究の最も良質のもの。明治にあって新聞の中立性がいかに確立されたか - 『わが異端の昭和史』(上下)石堂清倫/平凡社ライブラリー
知識人の自伝の白眉。新人会、共産党入党、満鉄調査部。広田弘毅、近衛文麿の意外な一面も - 『完全版 年金大崩壊』岩瀬達哉/講談社文庫
自民党政権を揺るがせた一大問題を最初に暴いた人間の一人。問題の存在に気づいたことの勝利 - 『天皇陛下萬歳』上野英信/洋泉社MC新書
1932年、謀略から起こされた上海事変で爆死した3人の工兵。国家と民衆心理の裏面に迫る - 『特捜検察の闇』魚住昭/文春文庫
東京地検、住管機構という「正義」と対峙する異色の弁護士二人の戦いの軌跡を追う。何を対象とすべきかの点で最も筋の良いノンフィクション - 『ハシムラ東郷』宇沢美子/東京大学出版会
1907年、白人諷刺作家により米紙に誕生した謎の日本人・ハシムラ東郷のイメージ像を分析 - 『日本の選択』(全9巻)NHK取材班/角川文庫
元シリーズは『ドキュメント昭和』。殊に1巻目のパリ講和会議は圧巻。NHK取材班物の白眉 - 『戦争』大岡昇平/岩波現代文庫
歴史は繰り返さない。「この道はいつか来た道」と考えること自体が敗北主義、と断ずる潔さ - 『神聖喜劇』(全5巻)大西巨人/光文社文庫
下級者への上級者の責任を絶対に認めない帝国軍隊の特質について明晰なテンポで執拗に迫る - 『慰安婦問題という問い』大沼保昭, 岸俊光・編/勁草書房
アジア女性基金の理論的支柱・大沼保昭による、東大法学部ゼミにおける慰安婦問題総括 - 『折口信夫伝』岡野弘彦/中央公論新社
歌会始の選者として知られる岡野が若き日に学び、最期を看取った折口についての伝記の決定版 - 『赤紙 男たちはこうして戦場へ送られた』小澤真人, NHK取材班/創元社
富山県庄下村に焼かれずに保管されていた兵事書類から、戦争遂行事務の末端までに斬り込む - 『折口信夫全集(第22巻)』折口信夫, 折口博士記念古代研究所/中公文庫
短歌の形で表現された、関東大震災時の朝鮮人虐殺に手を下す日本人への折口の怜俐な視線が良い - 『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』梯久美子/新潮文庫
栗林忠道に光を当てた人の最初の一人。史料の博捜と見識ある視角によって書かれた実に良い本 - 『昭和の劇 映画脚本家・笠原和夫』笠原和夫, 荒井晴彦, 絓秀実/太田出版
笠原の底知れぬ大きさを伝える。『大日本帝国』で「天皇陛下、お先にまいります」と言わせた怖さ - 『徳山道助の帰郷・殉愛』柏原兵三/講談社文芸文庫
「徳山道助の帰郷」は芥川賞受賞作。著者の祖父で第百一師団長であった伊東政喜にとっての日中戦争の苛酷さを活写 - 『イラク生残記』勝谷誠彦/講談社
「フセインの穴」確認のため現地へと向かう著者。イラクの対日感情の良さの理由など読ませる - 『武田泰淳伝』川西政明/講談社
泰淳、埴谷雄高などと同じ空間を生きてきた著者による、日記、手紙、作品全部を論じた決定版 - 『変人 埴谷雄高の肖像』木村俊介/文春文庫
かつて平凡社から刊行されて絶版となっていた著作の、埴谷生誕百年を期しての文庫化 - 『メタボラ』桐野夏生/文春文庫(朝日新聞社)
家族崩壊、大学中退、生活の継続さえ危ぶまれた工場派遣から逃れて再生を図る若者の物語 - 『阿片帝国・日本』倉橋正直/共栄書房
戦前期にあって日本は麻薬の生産大国であり密輸大国であった事実を史料から解明した - 『日本海軍艦艇写真集・別巻 戦艦大和・武蔵』呉市海事歴史科学館・編, 戸高一成・監修/ダイヤモンド社
艦内の写真、図面、乗艦員の集合写真が貴重。大和ミュージアム館長による丁寧な仕事 - 『戦士の肖像』神立尚紀/文春文庫
戦場で死ぬはずだった、旧帝国海軍軍人24名の「軍神」ならぬ「戦士」の戦後の軌跡を追う - 『日本軍のインテリジェンス なぜ情報が活かされないのか』小谷賢/講談社選書メチエ
情報分析のまずさには定評のある日本だが、戦前の陸海軍はどうだったか。膨大な史料から辿る - 『イブラヒム、日本への旅』小松久男/刀水書房
イスラーム学の碩学が描く、ロシア生まれのトルコ人のつなぐロシア、アジア、イスラーム - 『日本とオーストラリアの太平洋戦争』鎌田真弓/御茶の水書房(注:「小宮まゆみ/吉川弘文館」は誤記か?)
日本側が太平洋戦争時にオーストラリアに与えた恐怖と損害について初めて正しく想起させる本 - 『テロルの決算』(新装版)沢木耕太郎/文春文庫
浅沼稲次郎暗殺事件を扱う。刺した山口二矢、刺された浅沼の像が丁寧な取材で蘇り交錯する - 『小高へ 父 島尾敏雄への旅』島尾伸三/河出書房新社
写真家にして島尾敏雄・ミホの子息がたどる、小説に魂を捧げた家族の物語。いい写真家です - 『選挙違反の歴史』季武嘉也/吉川弘文館
1890年の第1回から現代までの衆院選挙につき、違反の華・買収から票の割当までの全概要 - 『グロテスクな教養』高田里惠子/ちくま新書
「君たちはどう生きるか」との問いを独占してきた日本の「男の子」たちの教養主義を斬る - 『エレクトラ』高山文彦/文春文庫
父への憎悪を描き芥川賞に輝いた中上健次。だが母殺しこそがテーマではなかったかと問う評伝 - 『仕事と日本人』武田晴人/ちくま新書
「働く」ことの意味や性格が近世から近現代へと激しく変容してきた点につき経済学者が迫る - 『陸は海より悲しきものを』竹西寛子/筑摩書房
40代の与謝野晶子の歌集『草の夢』に頻出する「悲し」との詞に迫った評伝 - 『内なるシベリア抑留体験』多田茂治/文元社
8年のシベリア抑留を堪えた詩人・石原吉郎、心優しき戦友・鹿野武一、菅季治の軌跡を追う - 『天皇と東大』(全4巻)立花隆/文春文庫(文藝春秋)
副題は『大日本帝国の生と死』。官僚も輩出したが右翼知識人も多く輩出した東大の実像を描く - 『赤めだか』立川談春/扶桑社文庫(扶桑社)
落語は「人間の業の肯定」と喝破した談志に出会ったが百年目。弟子が描く師匠モノの傑作 - 『ボクの満州』中国引揚げ漫画家の会・編/亜紀書房
副題は「漫画家たちの敗戦体験」。ちばてつや、赤塚不二夫、北見けんいちらの引揚げ体験 - 『東京大学の学徒動員 学徒出陣』東京大学史史料室・編/東京大学出版会
戦没者の多い学部は、医学、法学、経済の順。戦争もまた「役に立つ」学生から奪ってゆくのだ - 『李陵』(原稿復刻版)中島敦/郡司勝義・校訂/文治堂書店
喘息発作で不遇のうちに早世した中島敦の原稿の校閲にあたった郡司の迫力が伝わる - 『満州国皇帝の秘録』中田整一/文春文庫(幻戯書房)
満州国皇帝溥儀と関東軍司令官との会見録をべースに満州国の歴史の光と影を再構成 - 『盗聴 二・二六事件』中田整一/文春文庫(文藝春秋)
二・二六事件に際して戒厳司令部が極秘に事件関係者の電話通信を傍受していた事実を明らかにした傑作 - 『むらぎも』中野重治/講談社文芸文庫
1924年東京帝大文学部独文科に入学した中野が活写する26年当時の東大新人会周辺の学生群像 - 『柳宗悦』中見真理/東京大学出版会
西欧の模倣でない、文化的に自立した日本を望んだ柳の、民芸の枠を超えた思想全般に迫る - 『歌集 形相』南原繁/岩波文庫(青167-1)
敗戦後の東大総長・南原の詩集。「人間の常識を超え学識を超えておこれり日本世界と戦ふ」 - 『最強のプロ野球論』二宮清純/講談社現代新書
広島カープ・前田智徳の偉さがよくわかる。野球の見方の技法を創造した本 - 『日本領サイパン島の一万日』野村進/岩波書店
出撃基地としての重要性から日米戦の要の一つとなったサイパン。二つの家族の歴史から描く - 『千年、働いてきました』野村進/角川oneテーマ21
日本にはとんでもない老舗が実は多く存在する。百年企業ならぬ千年企業も - 『戦場特派員』橋田信介/実業之日本社
ベトナム報道、大韓航空機爆破事件、湾岸戦争時のイラク報道で名を馳せ逝去した橋田の遺作 - 『暗闘 スターリン、トルーマンと日本降伏』長谷川毅/中央公論新社
第二次大戦終結時の、日本という場所の地政学的・地理的意味の大きさが骨身にしみてわかる本 - 『戦線』林芙美子/中公文庫BIBLIO
表題作よりは同時収録のルポ「凍れる大地」がよい。戦時中の厳冬期、北満に生きる人々を活写 - 『大本襲撃 出口すみとその時代』早瀬圭一/新潮文庫(毎日新聞社)
昭和戦前期の宗教弾圧は思想事件に比べて忘却される。獄中6年の出口すみの生涯を追う - 『鉄道ひとつばなし』原武史/講談社現代新書
本作品は将来、ギネスに載るはず。07年には続刊も刊行。『大正天皇』『可視化された帝国』も好著 - 『輝ける文士たち』樋口進/文藝春秋
文春初代カメラマンの作品集。谷崎、川端、志賀が花札の猪、鶴、鹿のように見える不思議 - 『9・11と日本外交』久江雅彦/講談社現代新書
湾岸戦争時に莫大な財政支援をしながら、感謝国リストに日本の名前はない。その裏面を描く - 『米軍再編』久江雅彦/講談社現代新書
共同通信政治部記者が、米陸軍第一軍団司令部の座間移転をめぐる日米の攻防を詳細に描く - 『OTHER VOICES 東大全共闘・68‐70』平沢豊/春風社
東大紛争あるいは闘争の際、東大文学部仏文学科にいた平沢が撮った写真集。とても良い - 『キャパになれなかったカメラマン』(上下)平敷安常/講談社文庫(講談社)
ベトナム戦争からカンボジア内戦にかけ、ABCテレビカメラマンとして活躍し生還を果たした男の記録 - 『乃木希典』福田和也/文春文庫
天皇をアリバイとしないナショナリティについて考え続ける著者がその空白を埋める役割を負った乃木を描いた評伝 - 『国防婦人会 日の丸とカッポウ着』藤井忠俊/岩波新書
満州事変から日中戦争にかけて市町村で増加した団体は女性団体だけ。戦争は女性を組織化した - 『松本清張の残像』藤井康栄/文春新書 290
清張の近代史ものの傑作『昭和史発掘』の企画・調査にあたった伴走者の回想。まさに名コンビ - 『明治の東京計画』藤森照信/岩波現代文庫
建築探偵の原点。維新から明治初年、新時代の都市建築をめぐる諸構想の交錯が織りなすドラマ - 『昭和陸軍の研究』(上下)保阪正康/朝日文庫
陸軍軍人の特質について、500人に及ぶ関係者に会って踏査した名品 - 『転がる香港に苔は生えない』星野博美/文春文庫
星野の描くものは着眼が非凡でありながら、まなざしが温かい。返還前後の香港滞在記 - 『大英帝国の外交官』細谷雄一/筑摩書房
若き外交史家がカー、ニコルソン、バーリンなど個性豊かな英外交官像を実証的に豊かに描く - 『東京ディズニーリゾート便利帖』(第3(2)版)堀井憲一郎/新潮社
とにかく足でかせいで正確な情報を伝えている。この本の福音に与った家族は数知れず。08年にはポケットガイド(文庫版)も - 『落語の国からのぞいてみれば』堀井憲一郎/講談社現代新書
落語に登場する必須のお題についての蘊蓄話。寄席に通った時間と回数を思えば涙 - 『戦後の巨星 二十四の物語』本田靖春/講談社
1984〜85年の本田と巨星たちとの対談。本田が萩原健一、桂三枝、趙治勲に何を語らせたか - 『偽装 調査報道・ミドリ十字事件』毎日新聞大阪本社編集局遊軍・編/晩声社
脱記者クラブを掲げ、取材グループを結成した記者たちが調査報道のお手本を示したもの - 『安保 迷走する革新』毎日新聞政治部/角川文庫
1975年、中ソ対立を背景として中国は反安保の旗印を降ろす。社会党外交の混迷を追ったルポ - 『越境者 松田優作』松田美智子/新潮文庫
数々の名作を残し早逝した名優・松田優作の姿を、高校時代の手紙などから元妻が丹念に描く - 『ラスキとその仲間 「赤い30年代」の知識人』水谷三公/中公叢書
1930年代、英国知識人に与えたソ連というシステムの衝撃を思想史からシニカルに迫る - 『食肉の帝王』溝口敦/講談社+α文庫
タブーの塊にして食肉業界のドン・浅田満が、狂牛病の一件で国家から金を奪う工程が鮮明に。講談社ノンフィクション賞受賞作 - 『追憶の作家たち』宮田毬栄/文春新書
元「海」編集長が追想する、作家・埴谷雄高、島尾敏雄、松本清張、大岡昇平らの面影 - 『虹色のトロツキー』安彦良和/中公文庫コミック版
ご存知、ガンダムの画家による、昭和初年の日本、中国、ソ連の三つ巴の中の満蒙が描かれる - 『民藝四十年』柳宗悦/岩波文庫 青 169-1
景福宮の光化門を取毀しから救った柳は、日本人が朝鮮人の立場に立ったならと想像できた人物 - 『新装版 戦中派不戦日記』山田風太郎/講談社文庫
軍医となって死ぬための促成教育を受けていた山田青年の、読書三昧と戦時下空襲の日々の実録 - 『希望格差社会』山田昌弘/ちくま文庫
将来に希望がもてる人とそうでない人に日本が二極化することを明快に指摘した書 - 『反貧困 「すべり台社会」からの脱出』湯浅誠/岩波新書
日本の母子家庭の就労率は84%を超え世界一勤勉だが、これらの層を救えない行政の貧困を抉る - 『英国に就て』吉田健一/ちくま学芸文庫
英国人魂を怜俐に分析。相手になりきる想像力があって初めてその息の根を止められるのだと - 『戦艦大和ノ最期』吉田満/講談社文芸文庫
東大法学部から学徒出陣して大和に乗艦し、奇跡的に生還を果した後に、巨艦沈没のさまを描く - 『毒ガス戦と日本軍』吉見義明/岩波書店
旧日本軍の毒ガス戦・化学兵器戦に関する史料を博捜し、日中戦争期の毒ガス使用の実態に迫る - 『日本軍「山西残留」』米濱泰英/オーラル・ヒストリー企画
終戦後も国共内戦のため残留させられた日本兵が山西省には多数いた。山下正男少尉の戦後を追う - 『バイオポリティクス』米本昌平/中公新書
先端医術・生物技術の配分をめぐる政治に権力・産業界・研究者・個人はいかに対処すべきか - 『検証 戦争責任』(上下(Ⅰ・Ⅱ))読売新聞戦争責任検証委員会・編/中公文庫(中央公論新社)
主筆の渡邉恒雄の提唱により置かれた委員会による検正作業。靖国批判の根拠として貴重 - 『平泉澄 み国のために我つくさなむ』若井敏明/ミネルヴァ書房
戦中期、東京帝国大学文学部において皇国史観の中心的人物として振る舞った平泉の学問と人生 - 『渡辺一夫 敗戦日記』渡辺一夫/串田孫一, 二宮敬・編/博文館新社
戦争最末期を日仏両語で。廃墟・東京を「ユトリロの絵のごとし」と記す際の心情を思えば涙が
- 『歴史和解と泰緬鉄道』ジャック・チョーカー/小菅信子ほか解題/朝日選書
枕木一本に一人の死者、との悪名高い鉄道建設に携わった英国人捕虜が描いた収容所の日々 - 『誠実という悪徳 E.H.カー 1892-1982』ジョナサン・ハスラム/角田史幸, 川口良, 中島理暁・訳/現代思潮新社
一見、英国的知識人の典型に見えるE・H・カーのアウトサイダーぶりを実証した伝記の決定版 - 『ベスト&ブライテスト』(上中下)デイヴィッド・ハルバースタム/浅野輔・訳/朝日文庫
ベトナム戦争拡大に手を貸した多くの政治当局者へインタビューし、ケネディ政権の影の部分を描いた力業は不滅のもの。戦後のアメリカにとって中国喪失体験がいかに大きかったかが身にしみてわかる
佐藤優 ノンフィクション100選
ベスト10- 『露国及び露人研究』大庭柯公/中公文庫
ロシア社会に深く入り込み、ロシア人の気質と内在的論理を解明した名著。ロシアの帝国主義が、独自の地政学から生じていることを的確に指摘。ロシア事情について本書の水準を超える著作は未だ現れていない - 『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』カール・マルクス/平凡社ライブラリー
代表を選出する人々と代表する人の間に客観的連関が存在しないことを見事に描き出している。本書を読めば、小泉純一郎氏に対して国民が熱狂し、弱肉強食の新自由主義路線が日本社会に定着した筋道がわかる - 『日の丸アワー』池田徳真/中公新書 545
太平洋戦争中、敵軍捕虜を使った謀略放送に関する回想記。日本独自のインテリジェンスを学ぶのに最適。著者は、徳川最後の将軍慶喜の孫で、英オックスフォードで旧約聖書神学を学んだ変わり種。副題『対米謀略放送物語』 - 『甘粕正彦 乱心の曠野』佐野眞一/新潮文庫(新潮社)
軍隊という巨大官僚組織に翻弄された甘粕正彦の姿が見事に描かれている。あの時代に生まれていれば、評者も甘粕のような人生を送ったのではないかと思い、背筋に寒気が走った - 『野中広務 差別と権力』魚住昭/講談社文庫
被差別部落出身の保守政治家で、同化主義者であるにもかかわらず、人生の節目節目で差別に直面した野中氏を通じ、嫉妬、差別を克服することができない日本の政治の病理を見事に描いている - 『日本共産党の研究』(全3巻)立花隆/講談社文庫
日本共産党の公式党史よりもずっと説得力がある。日本共産党が、天皇制と対峙する過程で、日本の国家と社会を特定の鋳型にあてはめ、日本はこの鋳型から抜け出せないと見なす思想の原形がわかる - 『窮乏の農村 踏査報告』猪俣津南雄/岩波文庫 白 150-1
貧困問題に関する優れたルポルタージュ。コミンテルン(共産主義インターナショナル)の方針と一線を画し、実地調査と自らの頭で考えるという猪俣の手法に、労農派マルクス主義の良心を見る - 『相撲島 古典相撲たぎつ日』飯田辰彦/ハーベスト出版
二番勝負で、最初の勝利者が二回目は「勝ちを譲る」古典相撲に隠岐の島(島後)の地域共同体を活性化するとともに紛争を避ける知恵を見る。竹島問題にもこの方法が応用できると思う - 『モサド前長官の証言「暗闇に身をおいて」』エフライム・ハレヴィ/河野純治・訳/光文社
ヨルダンとの和平交渉のように利害が敵対する陣営に信頼できる友人をもつことの重要さがわかる。また、情報や分析は、それを政治的に使う意志を国家が持つときのみ、真価を発揮する - 『地上げ屋 突破者それから』宮崎学/幻冬舎アウトロー文庫
抜群に面白い。金銭欲の前で人間が変貌する姿に戦慄した。特に左翼活動家が金銭を崇拝するようになると、おそろしい性格に変貌することがよくわかる。それとともに悪徳弁護士の怖さがよくわかった
- 『アーロン収容所』会田雄次/中公文庫
西欧、特にイギリスに根強く残る人種主義についての優れた洞察。日本人がこれからの生き残りについて考える場合の必読書 - 『日本の公安警察』青木理/講談社現代新書
特高警察の伝統がいまも公安警察の中に生きていることがよくわかる - 『国策捜査 暴走する特捜検察と餌食にされた人たち』青木理/角川文庫(金曜日)
検察官僚が独りよがりの正義感に基づいて「きれいな社会」をつくろうとする恐怖がよくわかる - 『納棺夫日記』青木新門/文春文庫
日本人の死生観について鋭く切り込んでいる - 『プロパガンダ戦史』池田徳眞/中公文庫(中公新書)
英国流インテリジェンスの特徴と優秀さを解き明かす名著 - 『逆転 アメリカ支配下・沖縄の陪審裁判』伊佐千尋/岩波現代文庫
米軍の施政権下に置かれた沖縄での陪審裁判の貴重な記録。裁判員制度について考えるよい資料でもある - 『武士の家計簿 「加賀藩御算用者」の幕末維新』磯田道史/新潮新書
明治期の官僚が経済的にいかに恵まれていたかを本書ではじめて知った - 『天皇制と部落差別 権力と穢れ』上杉聰/解放出版社
部落差別を上下関係でなく、内側と外側という観点から分析している名著 - 『渡邉恒雄 メディアと権力』魚住昭/講談社文庫
日本共産党型の前衛思想が渡遇氏の原動力になっていることがよくわかった - 『特捜検察の闇』魚住昭/文春文庫
検察の正義がいかに歪んだものであるかがよくわかる - 『日本のファシズム』栄沢幸二/ニュートンプレス(教育社歴史新書)
大川周明、内田良平の思想をファシズムに括ることには無理があるが、入門書としてお勧め - 『復興亜細亜の諸問題』大川周明/中公文庫
旧ソ連支配下の中央アジアに関する洞察が鋭い - 『沖縄の日本軍 久米島虐殺の記録』(新版)大島幸夫/新泉社
海軍守備隊がなぜ住民虐殺を行ったかについて、詳細な聞き取り調査で真実を明らかにす - 『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』梯久美子/新潮文庫
硫黄島の戦いにおける日本軍の合理主義がよくわかった - 『ワイマール期ベルリンの日本人 洋行知識人の反帝ネットワーク』加藤哲郎/岩波書店
後発資本主義国のインテリの苦悩がよく表れている - 『戦争の日本近現代史』加藤陽子/講談社現代新書
「内にデモクラシー、外に帝国主義」という切り口から日本の近代史をわかりやすく説いている - 『ポケットは80年代がいっぱい』香山リカ/バジリコ
東京の80年代と、小生が過ごした京都の80年代の差異が面白かった - 『貧乏物語』河上肇/岩波文庫 青132-1
貧困問題に関するマルクス主義者になる以前の河上の富者から貧者への再分配という発想から学ぶべきことが多い。08年新日本出版社版も刊行 - 『日本軍のインテリジェンス なぜ情報が活かされないのか』小谷賢/講談社選書メチエ
戦前・戦中の日本軍のインテリジェンス活動についてまとめた良書。日本のインテリジェンス体制整備について考える際の必読書 - 『スターリン秘録』斎藤勉/産経新聞ニュースサービス
スターリン主義の恐怖について、ソ連時代末期から新生ロシアになった頃に公開された新資料をよく読み込んだ力作 - 『マルクス伝 マルクス・エンゲルス選集 第13巻』向坂逸郎/新潮社
日本人が書いたマルクス伝ではいちばん魂が入っている - 『抵抗人名録 私が選んだ77人』佐高信/金曜日
城山三郎に対する評価が抜群に面白い。毒舌家の佐高氏が、心優しき人であることが伝わってくる - 『東電OL殺人事件』佐野眞一/新潮文庫
ドストエフスキーの小説の世界で生きている人々が現実に存在することがよくわかった - 『阿片王 満州の夜と霧』佐野眞一/新潮文庫
里見甫がアヘン依存症であったことを示唆するラストが実に見事で、背筋が凍る思いがした - 『テロルの決算』沢木耕太郎/文春文庫
当初の山口二矢への著者の思いが徐々に浅沼稲次郎に移っていくところが面白い - 『密約 外務省機密漏洩事件』澤地久枝/岩波現代文庫
国家の嘘を男女の肉体関係に矯小化していく国家の狡猾さに戦慄した。初版は74年中央公論社刊 - 『ドキュメント死刑囚』篠田博之/ちくま文庫(ちくま新書)
死刑制度の不毛さがよくわかる - 『秘話 陸軍登戸研究所の青春』新多昭二/講談社文庫
インテリジェンスの観点からも、戦前・戦中の天才教育の観点からも興味深い回想録 - 『ソ連は社会主義国か』新谷明生/大安
毛沢東派共産主義者の立場からであるが、旧ソ連体制の宿痾を的確に指摘している - 『闇権力の執行人』鈴木宗男/講談社+α文庫
外務省がどういう組織かよくわかる - 『霞が関埋蔵金男が明かす「お国の経済」』高橋洋一/文春新書
数学が得意だと、他の人に見えないものがよく見えることを示した痛快書 - 『大学という病 東大紛擾と教授群像』竹内洋/中公文庫
知識人の内部抗争が、時代をいかに病んだ方向に導いたかがよくわかる - 『中核VS革マル』(上下)立花隆/講談社文庫
文字通り、命がけで書いた名著。中核、革マル双方の内在的論理を見事に表現している - 『ぼくはこんな本を読んできた』立花隆/文春文庫
読書案内に名を借りた思想的自叙伝 - 『天皇と東大』(全4巻)立花隆/文春文庫(文藝春秋)
東大論として秀逸 - 『三池闘争』塚元敦義/労大新書
総資本対総労働という三池闘争の模様を戦闘的労働組合の視点から描いている - 『丁家の人びと』丁如霞/バジリコ
蔣介石とつながるエリート一家の共産主義体制下での苦悩を感動的に描いている - 『北方領土交渉秘録 失われた五度の機会』東郷和彦/新潮文庫(新潮社)
外交秘密を一部暴露し、北方領土交渉の経緯を交渉当事者が明らかにした画期的書 - 『詐欺の心理学』取違孝昭/講談社ブルーバックス
見事な詐欺は相手から感謝されることすらあることがよくわかった。外交への適用を考えるべき - 『西ドイツの社会民主主義』仲井斌/岩波新書
旧西ドイツの社会民主党にもマルクス主義の影響が隠れて入っていることを気づかせてくれる名著 - 『オバマの危険 新政権の隠された本性』成澤宗男/金曜日
イスラエルとオバマの関係を切り口にしたことにより、アメリカ帝国主義の現実がよくわかる - 『オホーツク諜報船』西木正明/現代教養文庫(社会思想社)
ソ連のスパイをしても、決してよい人生を送れるわけではないことが行間からよく伝わっている - 『プロメテウスの墓場 ロシア軍と核の行方』西村陽一/小学館文庫
ソ連崩壊前後のロシアの核管理がどれだけ不安であるかがわかった - 『警視庁捜査二課』萩生田勝/講談社+α文庫(講談社)
外務省職員による内閣官房報償費(機密費)詐取事件について初めて明らかにされた重要事項が興味深かった - 『昭和天皇』原武史/岩波新書
昭和天皇の天照大神信仰がどのようなものであるかをわかりやすく説明している - 『大正天皇』原武史/朝日文庫(朝日選書)
大正天皇に立憲君主国における理想的聖帝の姿を見ている - 『滝山コミューン一九七四』原武史/講談社文庫(講談社)
原氏の少年時代の回想録。教師に押しつけられた平等や競争のグロテスクさが見事に表現されている - 『ロシア正教の千年』廣岡正久/NHKブックス
ロシア正教の政治的機能がよくわかる - 『強権と不安の超大国・ロシア』廣瀬陽子/光文社新書
コーカサス地域の不安定な社会情勢がよくわかる - 『エンゲルス論』廣松渉/ちくま学芸文庫
初期エンゲルスの評伝として傑出している。マルクス主義がエンゲルス主導で形成されたことがよくわかる - 『セブン‐イレブンの正体』古川琢也、金曜日取材班/金曜日
コンビニの店長がフランチャイズ制度のもとでいかに搾取、収奪されているかがよくわかる - 『私の沖縄戦記 前田高地・六十年目の証言』外間守善/角川ソフィア文庫(角川学芸出版)
沖縄戦で取り残された部隊の悲喜劇を淡々と記述していることが独特な感動を生み出している - 『徹底抗戦』堀江貴文/集英社文庫(集英社)
ライブドア事件に関して堀江貴文氏が違法性認識をまったくもっていないことがよくわかる - 『松崎明 秘録』松崎明/聞き手・宮崎学/同時代社
動労、JR総連という戦闘的労働運動の内在的論理が見事に示されている - 『モスクワにかける虹 日ソ国交回復秘録』松本俊一/朝日選書(朝日新聞社)
1956年日ソ共同宣言を締結した外交官による優れた当事者手記 - 『ヒトラーの特攻隊 歴史に埋もれたドイツの「カミカゼ」たち』三浦耕喜/作品社
ナチス・ドイツにも死を前提とした「体当たり攻撃」を行う特別部隊が存在したことを丹念に発掘している - 『近代の奈落』宮崎学/幻冬舎アウトロー文庫
部落解放思想とアナーキズムの関連を興味深く描いている - 『突破者 戦後史の陰を駆け抜けた50年』(上下)宮崎学/新潮文庫
日本共産党の「もうーつの顔」、すなわち武装部隊の論理が興味深い - 『歪んだ正義 特捜検察の語られざる真相』宮本雅史/角川文庫
国策捜査の内在的論理を解明した名著 - 『服従と抵抗への道 ボンヘッファーの生涯』森平太/新教出版社
ヒトラー暗殺陰謀に関与し、処刑された天才神学者の生涯をわかりやすく描いている - 『死刑弁護人 生きるという権利』安田好弘/講談社+α文庫 G175-1
罪を犯す者を社会がどう受けとめるかを安田氏が真剣に考えていることがよくわかる - 『マリコ』柳田邦男/新潮文庫
日米開戦をめぐる物語をつくった古典的名著 - 『社会主義運動半生記』山辺健太郎/岩波新書
マルクス主義から外れた高畠素之などについての寸評が面白い - 『ブラック・プロパガンダ 謀略のラジオ』山本武利/岩波書店
プロパガンダの技法について解明した名著。米国の謀略手法の稚拙さが目につく - 『戦艦大和ノ最期』吉田満/講談社文芸文庫
大和の運命と自己史を見事に重ねている - 『戦艦武蔵』吉村昭/新潮文庫
武蔵が造られる過程に焦点をあて、合理性と狂気が並存できることを見事に描いた - 『マルクスと批判者群像』良知力/平凡社ライブラリー
マルクス主義はへーゲル左派ともちょっとした違いしかもたないが、そのちょっとした違いが本質的に重要なことがわかる - 『「アメとムチ」の構図 普天間移設の内幕』渡辺豪/沖縄タイムス社
身勝手な防衛官僚の論理が浮き彫りになっている - 『美学の破壊 ピーサレフとニヒリズム』渡辺雅司/白馬書房(白夜叢書)
ピーサレフの評伝を通じ、徹底したエゴイズムが逆説的に社会性をもつことを見事に描き出す
- 『機密指定解除』トーマス・B・アレン/佐藤正和・訳/日経ナショナルジオグラフィック社
無味乾燥な公文書からインテリジェンス活動を見事に描いている - 『ムッソリーニ イタリア人の物語』ロマノ・ヴルピッタ/中公叢書
知識人ムッソリーニの人柄を強調し、ファシズムの魅力を伝えている - 『イギリスにおける労働者階級の状態』(上下)フリードリヒ・エンゲルス/浜林正夫・訳/新日本出版社
ワーキング・プア問題が、歴史の反復現象であることがよくわかる - 『世俗都市』ハーヴィ・コックス/塩月賢太郎・訳/新教出版社
米国で1960年代半ばに新自由生義社会の肯定面について神学的に理論づけたベストセラー - 『ロシア 崩れた偶像・厳粛な夢』(上下)デービッド・シプラー/川崎隆司・訳/時事通信社
ユダヤ人ネットワークを用いてロシア社会に見事に入り込んでいる - 『ワーキング・プア アメリカの下層社会』デイヴィッド・シプラー/森岡孝二、川人博、肥田美佐子・訳/岩波書店
新自由主義がもたらすのが格差にとどまらず絶対的貧困であることを鋭くとらえている - 『日本大使公邸襲撃事件 占拠126日と最後の41秒間』ルイス・ジャンピエトリ/沢田博・訳/イースト・プレス
人質になったペルー副大統領が、テロリストの素顔を感情を排して描いているところが感動的 - 『ロシア人』(上下)ヘドリック・スミス/高田正純・訳/時事通信社
旧ソ連時代の反体制知識人によくここまで食い込めたものだと感心した - 『新・ロシア人』(上下)ヘドリック・スミス/飯田健一・訳/日本放送出版協会
ロシアの寡占資本家(オリガルヒヤ)の出現を見通した名著 - 『カーブボール スパイと、嘘と、戦争を起こしたペテン師』ボブ・ドローギン/田村源二・訳/産経新聞出版
イラクのペテン師青年にドイツもアメリカも馴された理由を丹念に解明している - 『ミュンヘン オリンピック・テロ事件の黒幕を追え』マイケル・バー=ゾウハー、アイタン・ハーバー/横山啓明・訳/ハヤカワ文庫NF
テロリストに逃げ場はないことを示した名著 - 『KGB ソ連秘密警察の全貌』ジョン・バロン/リーダーズダイジェスト・訳/日本リーダーズダイジェスト社
反共的偏見がともなっているがKGB(ソ連国家保安委員会)の全体像を明らかにした画期的な本 - 『完訳 東方見聞録』(全2巻)マルコ・ポーロ/愛宕松男・訳注/平凡社ライブラリー
当時の世界像で描かれたノンフィクションとして読むと面白い。日本は黄金の国であるとともに日本人は「人食い」の習慣があるという記述にオリエンタリズムが端的に表れている - 『帝国主義論』(上下)ジョン・A・ホブスン/矢内原忠雄・訳/岩波文庫 白 133-1
金融資本主義が生き残るためには帝国主義の道しかないことがよくわかる。レーニンの『帝国主義論』の種本 - 『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』(全2巻)ジョン・J・ミアシャイマー、スティーヴン・M・ウォルト/副島隆彦・訳/講談社
米国内部で反ユダヤ主義が台頭していることがよくわかる - 『ヨムキプール戦争全史』アブラハム・ラビノビッチ/滝川義人・訳/並木書房
「たとえ全世界を敵に回してでも生き残る」というイスラエル国家の精神がよくわかる - 『ニュースになったネコ』マーティン・ルイス/武者圭子・訳/ちくま文庫
ネコをめぐるノンフィクションの傑作 - 『ザ・プーチン 戦慄の闇』スティーヴ・レヴィン/中井川玲子、櫻井英里子、三宅敦子・訳/CCCメディアハウス(阪急コミュニーケーションズ)
欧米から見たロシア像を知るために最適の書 - 『スパイのためのハンドブック』ウォルフガング・ロッツ/朝河伸英・訳/ハヤカワ文庫NF 79
インテリジェンスの世界の内幕がかなり正確に描かれている - 『シャンペン・スパイ』ウォルフガング・ロッツ/大内博・訳/ハヤカワ文庫NF 116
「モサド」(イスラエル諜報特務庁)の伝脱的工作員によるユーモアたっぷりの半生記。特にエジプトでの獄中生活の部分が面白い - 『CIA秘録 その誕生から今日まで』(上下)ティム・ワイナー/藤田博司、山田侑平、佐藤信行・訳/文春文庫(文藝春秋)
公文書、実名インタビューを通じ、米国中央情報局(CIA)の歴史を描いた傑作
佐野眞一 ノンフィクション100選
ベスト10- 『西南役伝説』石牟礼道子/朝日選書
西南戦争を目撃した人びとの聞き書き。『苦海浄土』の原点がここにある。知られざる異教徒弾圧の歴史も書き込まれており、圧倒される。近代の奈落を彷徨いながら、魂の救済の在り処を求めた光の物語である - 『人とこの世界』開高健/ちくま文庫
うるさ型の作家、詩人、画家の内面に肉薄した人物論の最高傑作。開高には、『ずばり東京』、『ベトナム戦記』などの傑作があるが、代表作というなら、これ。インタビューと論評のコラボレーションもみごとである - 『スパイM 謀略の極限を生きた男』小林峻一、鈴木隆一/文春文庫
日本共産党のタブーに挑んだ意欲作。立花隆『日本共産党の研究』がやや評論的な記述なのに対し、こちらはよりドラマチック。飯塚盈延という謎めいた男を追及するドラマは、どんなスパイ小説より刺激的である - 『鞍馬天狗のおじさんは』竹中労/ちくま文庫
靫馬天狗役で一世を風靡した怪優・嵐寛寿郎の掬(きく)すべき芸談。哀歓こもごもの色ざんげも秀逸である。ノンフィクションには、こんな手法もあったのかと驚くこと必至。サブタイトルは『聞書アラカン一代』 - 『紀州 木の国・根の国物語』中上健次/角川文庫
自分の肉体を切り刻むようにして故郷の被差別部落を踏破したルポルタージュ。ときに饒舌に、ときに悲痛に自分の出自を語る世界は、読む者を圧倒せずにはおかない。中上文学の原点が、ここにある - 『誘拐』本田靖春/ちくま文庫
高度経済成長の恩恵にあずかれなかった男がたどった運命の結末。犯罪者をただ断罪するのではなく、罪を犯さざるを得なかった男に注がれた著者の温かなまなざしが日本社会への、痛烈な批評となっている - 『昭和史発掘』松本清張/文春文庫/全9巻
白眉は二・二六事件の発端から終焉までの人間ドラマ。とりわけ皇居に侵入した青年将校が、警視庁を鎮圧した仲間に手旗信号を送ろうとして失敗するくだりは、圧巻。歴史を肉体化させるとは、こういう作業をいう(新装版) - 『忘れられた日本人』宮本常一/岩波文庫
名もなき庶民のライフヒストリー。もし宮本が記録しなければ、この哀切で逞しい民衆の物語はこの世に存在しなかった。とりわけ、「土佐源氏」と「梶田富五郎翁」は、何度読んでも胸しめつけられ、心洗われる - 『戦艦大和ノ最期』吉田満/講談社文芸文庫
太平洋戦争末期、一戦艦と運命を共にした将兵の悲劇を神話的表現にまで高めた傑作。戦争の愚かさを描いて、これを超える作品は、おそらく今後も出てこないだろう。戦艦大和が、一人の人格として立ち上がってくる - 『逝きし世の面影』渡辺京二/平凡社ライブラリー 552
幕末・明治に日本を訪れた外国人の目に映ったこの国の原像。日本の庶民はこれほど清潔でモラリスティックな民族だったのか。ここには西欧文明の波に洗われる前の日本と日本人が活写されている
- 『氷川清話』勝海舟/講談社学術文庫
自由闊達に語った幕末の回顧談。縦横無尽な人物批評、時代批評が痛快 - 『特命全権大使 米欧回覧実記』久米邦武・編/田中彰・校注/岩波文庫 青141
明治4年の岩倉使節団が米欧の息吹にふれる記述は、いまも新鮮である。05年に慶雁義塾大学出版会版も刊行 - 「航西日記」/『渋沢栄一滞仏日記』所収 渋沢栄一/東京大学出版会(日本史籍協会叢書)
渋沢栄一がパリ万博に行くまでの航海日記。幕末版「何でも見てやろう」 - 『雨夜譚』渋沢栄一/岩波文庫
渋沢栄一自身による自叙伝。維新のエネルギーが伝わってくる - 『福翁自伝』(新版)福沢諭吉/昆野和七・校訂/角川ソフィア文庫
近代日本の激動期に生きた福沢諭吉の傑作自伝 - 『遠野物語・山の人生』(改版)柳田国男/ワイド版岩波文庫
「平地人をして戦慄せしめよ」。冒頭の蔵言の破壊力 - 『カール・マルクス その生涯と思想の形成』E・H・カー/石上良平・訳/未来社
マルクス主義者によらない初のマルクス伝 - 『ロシア革命史』(全5巻)レフ・トロツキー/藤井一行・訳/岩波文庫
ロシア革命の金字塔的記録 - 『完訳 ファーブル昆虫記』ジャン=アンリ・ファーブル/奥本大三郎・訳/集英社
観察眼こそノンフィクションの王道。それを痛切に教えてくれる。4月20日時点で、7巻まで刊行 - 『ロウソクの科学』マイケル・ファラデー/三石巌・訳/角川文庫
ロウソクというありふれた材料を使った科学入門書の古典 - 『コン・ティキ号探検記』トール・ヘイエルダール/水口志計夫・訳/ちくま文庫
南太平洋を筏で渡った海洋冒険ノンフィクションの傑作 - 『さまよえる湖』スヴェン・ヘディン/鈴木啓造・訳/中公文庫BIBLIO
中央アジアの塩湖ロブノールの探検記。伝説を実証する行動力に脱帽。05年白水社より新装版単行本(関楠生訳)刊行 - 『世界をゆるがした十日間』(上下)ジョン・リード/原光雄・訳/岩波文庫
ロシア革命を細大漏らさず記録したルポルタージュの古典
- 『日本海のイカ』足立倫行/新潮文庫
イカから見た日本論、日本人論。境港出身の著者の愛着がにじむ - 『異形の王権』網野善彦/平凡社ライブラリー
後醍醐天皇の異形性を通して中世の変容を描く。網野史学のエッセンス。07年岩波書店『網野善彦著作集 第6巻』にも所収 - 『谷中村滅亡史』荒畑寒村/岩波文庫
田中正造に依頼され、鉱毒による谷中村の滅亡を怒りをこめて告発 - 『逆転 アメリカ支配下・沖縄の陪審裁判』伊佐千尋/岩波現代文庫
米国支配下の沖縄で陪審裁判はいかに行われたか - 『城下の人 石光真清の手記』石光真清/中公文庫
『曠野の花 石光真清の手記』
『望郷の歌 石光真清の手記』
『誰のために 石光真清の手記』
石光真清の対ロシア諜報記録。明治人の気概が全編に宿る - 『苦海浄土 わが水俣病』石牟礼道子/講談社文庫
水俣病を全世界に知らしめた記念碑的傑作 - 『自民党戦国史』(上中下)伊藤昌哉/朝日文庫
権力が権力として存在していた時代の自民党暗闘劇のすさまじさ - 『霊柩車の誕生』(新版)井上章一/朝日文庫(朝日選書)
なぜあのグロテスクな車は誕生したのか。目から鱗の連続である - 『明治精神史』色川大吉/岩波現代文庫
草莽の士の精神を描いた日本民衆史の草分け的名著。初版は64年黄河書房 - 『世界屠畜紀行』内澤旬子/角川文庫(解放出版社)
世界中の屠殺現場を訪ね歩いた前代未聞のルポ。イラストも出色 - 『チャーズ 中国革命戦をくぐり抜けた日本人少女』遠藤誉/朝日新聞出版(文春文庫 上下)
満州崩壊後、中国東北部で起きた地獄絵図を活写 - 『説得 エホバの証人と輸血拒否事件』大泉実成/講談社文庫
エホバの証人の輸血拒否事件を通して現代における宗教とは何かを問う - 『自叙伝・日本脱出記』大杉栄/飛鳥井雅道・校訂/岩波文庫
奔放な精神で時代を駆け抜けた無政府主義者の魂の遍歴。04年第三書館『愛蔵版 ザ・大杉栄』にも所収 - 『未完の旅路』(新版・全6巻)大塚有章/三一新書
大森銀行ギャング事件に連座した日本共産党員の数奇な人生 - 『〈日本人〉の境界』小熊英二/新曜社
アイヌ人、琉球人の日本同化政策を通じて日本人の輪郭線を描く - 『〈民主〉と〈愛国〉』小熊英二/新曜社
日本の戦後民主主義はいかに定着したか。戦後思想史を通覧 - 『ずばり東京 開高健ルポルタージュ選集』開高健/光文社文庫
粟立つような喧噪に包まれた高度経済成長期の東京ルポ - 『マレー蘭印紀行』金子光晴/中公文庫
東南アジアを流浪する詩人の魂の遍歴。自然描写の圧倒的な官能 - 『自動車絶望工場 ある季節工の日記』鎌田慧/講談社文庫
鎌田慧の潜入ルボ。派遣切りの横行するいまこそ、再読する価値がある - 『暗黒日記』(全3巻)清沢洌/橋川文三・編/ちくま学芸文庫
太平洋戦争中に書き続けられた外交評論家の日記。リベラリズムの頂点 - 『大森界隈職人往来』小関智弘/岩波現代文庫
町工場の密集する町に生きる人びとを哀歓をこめてスケッチ - 『この三十年の日本人』児玉隆也/新潮文庫
若くして死んだ児玉隆也のルポ。「淋しき越山会の女王」を収録 - 『国家の罠』佐藤優/新潮文庫
鈴木宗男事件の検察捜査はいかに行われたかを、生々しく記録 - 『テロルの決算』(新装版)沢木耕太郎/文春文庫
日本社会党委員長・浅沼稲次郎を刺殺した山口二矢の内面に肉薄 - 『街道をゆく』(全43巻)司馬遼太郎/朝日文芸文庫
強靭な歴史意識に裏打ちされた司馬版“私の日本地図”。十津川街道は必読。新装版(朝日文庫)も刊行中 - 『私の昭和史』(上下)末松太平/中公文庫(みすず書房)
二・二六事件の思想的背景を知る上で欠かせない記録。三島由紀夫も絶賛 - 『海峡を越えたホームラン 祖国という名の異文化』関川夏央/双葉文庫
韓国プロ野球に身を投じた在日韓国人群像。日韓異文化論 - 『マッカーサーの二千日』(改版)袖井林二郎/中公文庫
オキュパイド・ジャパンの日々を米側資料を使って再現 - 『火花 北条民雄の生涯』高山文彦/角川文庫
差別と病魔に苦しんだ北条民雄の生涯を人間存在の哀しさにまで遡って描破 - 『日本共産党の研究』(全3巻)立花隆/講談社文庫
立花隆の著作で一つ選ぶなら、これ以外にない - 『興信所』露木まさひろ/朝日文庫
興信所の調査員の目を通して見ると、都市生活者の相貌が歪んで見えてくる - 『ナマコの眼』鶴見良行/ちくま学芸文庫
ナマコの漁法から調理法まで網羅したナマコによるユニークな日本文化論 - 『労務者渡世』寺島珠雄/風媒社
大阪・釜ヶ崎の建場に暮らす都市最下層民の「どっこい、生きている」 - 『摘録 断腸亭日乗』(上下)永井荷風/磯田光一・編/岩波文庫
比類なき個人主義者・永井荷風は年月の足音をどう聞いたか - 『春風のなかの子ども』永井萠二/太平出版社
早稲田童話会出身の著者は「週刊朝日」のエース記者でもあった - 『北朝鮮に消えた友と私の物語』萩原遼/文春文庫
北朝鮮帰還運動で行方不明になった友人の探索行 - 『線路工手の唄が聞えた』橋本克彦/文春文庫
光の当たらない線路工手の喜びと悲しみを描いて秀逸 - 『大正天皇』原武史/朝日文庫(朝日選書)
遠メガネ事件など通説に満ちていた大正天皇の実像に迫った労作 - 『松川裁判』(上中下)広津和郎/中公文庫
広津和郎の執念が、松川事件の冤罪性を明らかにした。この強烈な散文精神。07年木鶏社より『新版 松川裁判』刊行 - 『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』辺見じゅん/文春文庫
シベリア収容所で落命した日本人。戦争の悲惨さが浮かび上がる - 『原発ジプシー』堀江邦夫/現代書館(講談社文庫)
各地の原発工場を渡り歩く季節労働者。原発を総体として描いた労作 - 『最暗黒の東京』松原岩五郎/講談社学術文庫(現代思潮社古典文庫)
明治の東京下層民生活実態ルポ。明治記録文学の傑作 - 『日本の黒い霧』(新装版・上下)松本清張/文春文庫
米占領下に起きた数々の怪事件の謎を追う。清張史観の集大成 - 『イザベラ・バードの『日本奥地紀行』を読む』宮本常一/平凡社ライブラリーoffシリーズ
読みどころは宮本常一の的確な解説 - 『私の日本地図(1〜15) 宮本常一著作集別集』宮本常一/未来社
宮本常一の豊富な体験に裏打ちされた最良の日本列島ガイド。続刊中 - 『村岡伊平治自伝』村岡伊平治/今村昌平・企画/講談社文庫
国のためと称し、貧乏娘を平然と南方に売り飛ばす女街一代記。ピカレスクの味わい
目次 巻頭宣言・ノンフィクションの逆襲 ノンフィクションと教養【第1部】傑作・名作・記念碑・金字塔「100冊×10人」セレクション 加藤陽子×佐藤優×佐野眞一 広大で豊穣なる世界へ、ようこそ 総合ベスト10 加藤陽子の100冊/佐藤優の100冊/佐野眞一の100冊/岩瀬達哉の100冊/魚住昭の100冊/重松清の100冊/二宮清純の100冊/野村進の100冊/原武史の100冊/保阪正康の100冊 ノンフィクションと教養【第2部】 いとうせいこう×武田徹×重松清 ネット時代のノンフィクション その可能性と課題 佐藤優「現場報告記」 リアル書店・ネット書店・取り次ぎで何が起こっているか 八重洲ブックセンター/ジュンク堂書店/トーハン/三省堂書店/アマゾン ジャパン/丸善 体験的ノンフィクション論 アーサー・ビナード/麻木久仁子/雨宮処凛/飯尾潤/生島ヒロシ/いしかわじゅん/潮匡人/宇都宮健児/大城立裕/片山善博/児玉清/酒井順子/白石一文/鈴木邦男/竹内洋/武田徹/立川談四楼/為末大/長妻昭/中村うさぎ/夏原武/野口悠紀雄/福原義春/藤原帰一/堀尾正明/宗像紀夫/茂木健一郎/森毅/箭内昇/山折哲雄 ジャーナリズムは機能しているか 花田紀凱 新聞は「書かないこと」が多すぎる/田崎史郎 政治報道─活字がテレビに敗北した日/長谷川幸洋 新聞記者は「役所のポチ」になるなかれ/南丘喜八郎 商業主義に背を向けた「零細出版社」の挑戦/辰濃哲郎 かくして朝日新聞の牙は抜かれた メイキング・オブ『死刑執行』 青木理 『死刑執行 絞首台の現実』特別編 控訴を取り下げた死刑囚からの手紙 副島隆彦×佐藤優「暴走国家」
- 作者: 佐藤優
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岩波講座世界歴史〈第1〉古代 1 (1969年)
総 説
杉 勇I 一つの歴史的世界としての「オリエント」
東は現在のパキスタンから西はボスポロス海峡及びナイル川峡谷に限られ、北は黒海、カウカスス山脈とイラン高原の北麓を境とし南はアラビア半島を含む地方、ほぼ北緯一〇度から四〇度くらいの間、わが北海道から台湾をやや南下したあたりの地域は、今日政治的・地域的には「近東」もしくは「中近東」とよばれているが、歴史的には適当な名称がないため、「オリエント」と仮にとなえられている。歴史的名辞としての「オリエント」は、もちろん時代によりその領域は広狭の差があるけれども、長い歴史のうちでは、右の地域がほぼ常に核心となっている。イスラム帝国時代には、西はモロッコ・スペインを含んで大西洋に及び、東はインド東部、東パキスタンにまで及んだことがあったほどである。
現代ヨーロッパ諸語に広く共通して用いられている「オリエント」という語は、元来ラテン語の「起る、立つ、(太陽の)昇る」などの意味をもつ動詞 orior の名詞形「オリエンス」oriens に由来するもので、はじめはイタリア半島を中心としてその東を意味したものである。したがってラテンの諺「光は東方より」Ex oriente lux も元来ローマがギリシアに負うところが多いことを意味したものであった。「オリエンス」の語も、地理的・政治的に意味が拡大されていくに従ってその指す範囲も拡大されていったのであるが、元来はローマ帝国領の極大限時代のティグリス川を境とし、あるいはそれに隣接するイラン地方をも含む意味に用いられたものである。したがって歴史用語としての「オリエント」は、今日一般に使われている、拡大された全アジアを含む意味での「オリエント」=東洋とは意義と内容を異にしていることを注記しておきたい。
「オリエント」は、世界史上において「ヨーロッパ世界」や「東アジア世界」とともに、一つの完結した歴史的世界をなしている。この世界の歴史は、「ヨーロッパ世界」や「東アジア世界」とは全く独立して生成・発展をとげてきたもので、他の二つの歴史世界とは全く異質な独特な歴史的世界をなしている。
これまでオリエント世界は、「東アジア世界」や「ヨーロッパ世界」の歴史を説くに当って、ただそれぞれに関連のある場合にのみとり上げられたり言及されてきて、むしろ他の歴史的世界を説くに当ってそれぞれ他の歴史的世界の立場から寸断された形でのみ説かれてきたのであった。すなわち、「唐代のイスラム世界」とか「十字軍時代の西アジア」といったように扱われ、オリエント自体の立場では説かれなかった。そのことは、これまで長い間にわたり、世界史の立場から説かれた「オリエント史」に関する著書が一つもあらわされていないことを見ても、よくわかる。かつて国別ないしは地域別に説かれたヘルモルトの『世界史』 Weltgeschichte においても、「西アジア史」は一貫した歴史性が全く顧みられずに述べられているのでも明らかである。一九六〇年にいたってはじめてヒッティによって『歴史上の近東』(P.K. Hitti, The Near East in History, Princeton, 1960)があらわされたのが、最初の試みである。
「オリエント世界」が一つの完結した歴史世界である以上、そこには古来からの時代区分がなされなければならない。ヒッティは、著書を六部にわかち、「先文字時代」「古代セム時代」「グレコ・ローマン時代」「イスラム時代」「近代――オットマンとペルシア人」「アラブ諸国」としている。しかし「古代セム時代」とはきわめて不適切な表現であり、「グレコ・ローマン時代」は時代の盾の半面をみているにすぎない。筆者は、オリエント史は古代・中世・近世に三大別されるものと考える。そして、古代は、前三三〇年のアレクサンドロス大王によるペルシア帝国の征服までの、いわゆる古代オリエント文化、本来的なオリエンタリズムの時期とみる。中世は、オリエント世界の西半はギリシア・ローマ的世界であり、東半はイスラニズム、すなわち前代のオリエンタリズムの伝統的世界であって、あたかも西洋中世におけるローマン的・ゲルマン的世界の成立・発展によく似ているといえる。イスラム世界の成立・発展は、新しい意味でのオリエンタリズムの時代であり、さきの二つの時代をうけついだ近世ということができよう。この三時期法は、オリエント世界の主要な時期区分の基準として提示したが、さらに適宜これらを細分して考えることができるであろう。
なお、この時代区分についてはいろいろな用語が考えられ、筆者がここで用いている用語はかならずしも学界で共通のものになっていないが、オリエント史を独自な歴史的世界の歴史的発展としてとらえなければならないということが、ここで述べたことの主眼である。
《執筆者紹介》
古代オリエント世界杉 勇 1904年生 東京帝国大学文学部卒 明治大学文学部教授 『楔形文字入門』(中央公論社)、『古代東南アジア史』(平凡社)
川村喜一 1930午生 早稲田文学文学部卒 早稲田大学文学部助教授
屋形禎亮 1937年生 東京教育文学文学部卒 東京教育文学文学部助手
山本 茂 1929年生 京都大学文学部卒 京都府立大学文・家政学部助教授
前川和也 1942年生 京都大学文学部卒 京都大学人文科学研究所助手
黒田和彦 1935年生 東京教育大学文学部卒 東京大学東洋文化研究所助手
岸本通夫 1918年生 東京帝国大学文学部卒 大阪大学教養部教授 『古代オリエント』(河出書房)
中山伸一 1929年生 横浜市立大学経済学部卒 オリエント学会会員
佐藤 進 1930年生 東京教育大学文学部卒 東海大学文学部講師
並木浩一 1935年生 国際キリスト教大学教養学部卒 国際キリスト教大学教養学部講師
関根正雄 1912年生 東京帝国大学文学部卒 東京教育大学文学部義授『イスラエルの思想と言語』(岩波書店)太田秀通 1917年生 東京帝国大学文学部卒 東京都立大学人文学部助教授『ミケーネ社会崩壊期の研究』(岩波書店)
藤繩謙三 1929年生 京都大学文学部卒 大阪府立大学教養部助教授『ホメロスの世界』(至誠堂)
清永昭次 1927年生 東京都立大学人文学郎卒 学習院大学文学部助教授
安藤 弘 1925年生 東京大学文学部卒 新潟大学教養部助教授
岩田拓郎 1930年生 東京文学文学部卒 北海道大学文学部助教授目次
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序言
古代オリエント世界
総説(杉勇)1 古代オリエントにおける灌漑文明の成立(川村喜一)
一 灌漑文明の成立と政治的社会の形成 二 メソポタミアにおける灌漑文明の成立1村落共同体の形成と発展/2村落共同体の崩壊/3都市文明の成立と「シュメール人問題」三 エジプトにおける灌漑文明の成立1村落共同体の成立と発展/2村落共同体の崩壊と統一王朝の成立2 「神王国家」の出現と「庶民国家」(屋形禎亮)
はじめに
一 統一国家の形成
――神王の出現――
二 神王国家の形成と発展
――初期王朝時代と古王国前期――1初期王朝における王権観の発達/2初期王朝の国家/3古王国前期における王権観の発展/4古王国前期の国家と社会三 神王国家の解体
――古王国末期と第一中間期――1古王国末期における発展/2第一中間期と社会革命四 庶民国家の時代
――中王国時代――1王権観の変化と庶民の擡頭/2中王国の国家3 シュメールの国家と社会(山本茂/前川和也)
はじめに
一 海外におけるシュメール社会研究の動向
二 初期のシュメール都市国家
三 都市国家時代末期のラガシュ1ラガシュ文書の特質と大麦支給/2エ-ミ組織の発展/3都市と「組織」四 ウル第三王朝時代の社会
4 ハンムラピ時代の国家と社会(黒田和彦)
一 古バビロニア時代
二 古バビロニア時代の政治的変化1イシン・ラルサ時代/2バビロン第一王朝時代三 古バビロニア時代の社会1社会階級/2ムシュケヌム/3アウィルム/4ワルドゥム(アムトゥム)四 バビロン第一王朝の支配体制1王権/2王室領/3神殿/4都市と商人/5貢租と賦役五 ハンムラピ法典と司法制度1ハンムラピ法典/2司法制度むすび
5 印欧語族の移動とヒッタイト王国の擡頭(岸本通夫)
一 発見・発掘・解読 二 印欧語民族の移動 三 ヒッタイト王国の略史 四 ヒッタイト史の諸問題1鉄器の起源/2馬と戦車/3王国の社会構造と外交政策/4その他の問題五 アッヒヤワ問題1問題の始まり/2問題の新展開/3ルウィ族のアルツァワ王国6 イク=エン=アテンとその時代(屋形禎亮)
はじめに
一 帝国の形成1ヒュクソスのエジプト支配/2独立の回復と対外進出/3帝国の建設/4植民地の支配体制ニ イク=エン=アテンの「宗教改革」1第十八王朝前半における王と国家/2王とアメン神官団の対立/3改革のはじまり/4イク=エン=アテンとアテン信仰/5アマルナ芸術/6アマルナ時代の国際関係/7改革の終末と信仰復興7 エジプト新王国の社会と経済(中山伸一)
はじめに
一 奴隷1エジプト奴隷制度の特徴/2古文書に現われた奴隷/3奴隷の種類/4公的奴隷所有/5私的奴隷所有/6奴隷の法的地位二 土地所有(公的土地所有)1神殿領/2王室頷/3小作人/4公的土地所有体8 世界帝国の成立とその構造
――アッシリア帝国からペルシア帝国ヘ――
一 アッシリア帝国(杉勇) 二 四国対立時代(杉勇)1メディア王国/2リュディア王国/3新バビロニア王国/4エジプトにおけるサイス王朝の繁栄と復古精神三 アカイメネス朝ペルシア(佐藤進)1初期パールサ社会/2ペルシア帝国形成期の諸問題/ペルシア帝国の支配構造/4ペルシア帝国の没落9 東地中海沿岸諸国の隆替(並木浩一)
――前一二〇〇年まで――
はじめに
一 シリアと諸民族
二 政治的世界におけるシリア1シリア内陸諸国家/2シリア海岸諸都市むすび
補論「海の民」について
10 イスラエルにおける政治と宗教(関根正雄)
一 序論――問題の所在 二 王国成立以前1アンフィクチオニー(宗教連合)/2契約思想の形成/3王としてのヤハウェ三 王国時代1王国否定の思想/2サウル王国成立の記述をめぐる問題/3王国時代の政治と社会/シナイ契約とダビデ契約/5王国滅亡後の問題点地中海世界Ⅰ
1 エーゲ文明とホメロスの世界(太田秀通)
総説(太田秀通)
一 エーゲ文明1エーゲ考古学の成立/線文字A・Bの解読二 線文字B文書の社会1ピュロス王国の社会構造/2ミュケナイ社会の特徴三 前二千年紀の東地中海世界 四 ホメロスの社会 五 ポリス社会への展望1東地中海世界崩壊後の発展/2ポリス社会形成の前提2 ポリスの成立(藤繩謙三)
一 ポリス形成の理論1ポリスの概念/2シュノイキスモス/3部族制/4家の構造二 歴史的背景1宮殿経済から農業国家へ/2社会的分業/3戦士共同体3 貴族政の発展と僭主政の出現
一 国制推転のダイナミズム(清永昭次)1貴族政の構造と歴史的位置づけ/大植民運動と貴族政の動揺/3立法者・調停者・前期僭主二 重装歩兵制の発展と貴族政社会(安藤弘)はじめに/1重装歩兵制の発展/2重装歩兵の階級的性格/3貴族政の発展4 アテナイとスパルタの国制(岩田拓郎)
一 アテナイの場合1貴族支配体制の確立/2貴族制下の平民の位置/3ソロンの改革、僭主制から民主制へ二 スパルタの場合1初期の国制/2民会の優位むすび
今すぐ読みたい! 10代のための YAブックガイド150! - 金原瑞人, ひこ・田中
1章 10代の「今」を感じる本
◆学校のリアル- 『クラスメイツ』森絵都(偕成社)
中学1年A組の24人全員の視点に寄り添った24の短章から成る1冊。入学直後の「千鶴」から始まって、「しほりん」「蒼太」「ハセカン」……と続きながら季節もめぐり、修了式の日の学級委員の「ヒロ」で終わるユニークな青春小説。(奥山恵) - 『いくたのこえよみ』堀田けい(理論社)
同級生のイクタは、ジミで目立たない女の子。ところがなんと人の心が読めるんだって! それを知ったオガタツクルはイクタに弟子入りを懇願し、修行をはじめるが……。ほんとうに心の声は聞こえるのだろうか?(那須田淳) - 『ソロモンの偽証』宮部みゆき(新潮文庫)
不登校だった1人の中学生が転落死した。自殺と判定されたが、殺人だという告発状が届き、マスコミに取り上げられる。動揺する生徒たち。おとなは事態を収めようと図るが、子どもたちは裁判を開き、真実を追求する。(西村醇子) - 『石を抱くエイリアン』濱野京子(偕成社)
茨城県の公立中学に通う八乙女市子が語る中学3年の日々。気のあった男女6人の班メンバーのゆるいおしゃべりで進行する平和な中学校生活が終わろうとしていた、まさにそのとき、東日本大震災が起こったのだった。(西山利佳) - 『なりたて中学生』ひこ・田中(講談社)
テツオは案外と気が弱い。そもそも中学生になんかなりたくない。それに引っ越しをしたため、土矢小学校の仲間とは別の中学校に入学することになった。そこには小学校時代から仲の悪いやつらがいる。「しかたがないやん」とは思うものの……。(金原瑞人) - 『少女は卒業しない』朝井リョウ(集英社文庫)
高校卒業をひかえた7人の揺れる心を紡いだ短編集。教師への叶わぬ恋。校門の外に広がる世界への不安。先のない彼との別れ。羽ばたく前に一瞬ぶるっと体を震わせる鳥のような少女たちの姿が、まぶしくて、切ない。(森絵都) - 『3年7組食物調理科』須藤靖貴(講談社)
食物調理科、通称ショクチョウは1学年30人。ずっと同じクラスメイトで3年間、調理師免許取得の厳しい課程を学ぶ。何事も徹底的に話し合い、同じ釜の飯を作り、食べることによって、彼らは仲間としての濃密なつながりを築いていく。(西山利佳) - 『ミナの物語』デイヴィッド・アーモンド/山田順子・訳(東京創元社)
ミナは標準学力テストの作文の課題に全く関係のない作文を書いたことをきっかけに、ママと自宅学習をすることになる。ミナはお気に入りの木に登って思索をめぐらせ、日記や詩を書いて自分の気持ちを表現する。(土居安子) - 『伝説のエンドーくん』まはら三桃(小学館)
創立100周年を迎える市立緑山中学。ここにはエンドーくんの伝説があります。エンドーくんとは、かつて緑山にいた、成績優秀、容姿端麗、スポーツ万能の生徒らしい。そんなやつ、本当にいたの?(ひこ・田中) - 『ヘヴン』川上未映子(講談社文庫)
斜視であることを厭われ、いじめを受けている「僕」のもとに、ある日、短いメッセージが舞いこむ。「わたしたちは仲間です」。相手は、同様にクラスでいじめられている女子のコジマだった。2人は手紙のやりとりをはじめる。(森絵都) - 『Wonder ワンダー』R・J・パラシオ/中井はるの・訳(ほるぷ出版)
顔に大きな障害があるオーガストは、10歳になるまで家で勉強していたが、学校に通うことになる。学校という初めての社会で、オーガストは数々の試練に遭遇するが、それはクラスメイトたちにとっても、新たな発見の始まりだった。(森口泉) - 『暗殺教室』松井優征(集英社)
謎の超生物「殺せんせー」と落ちこぼれ学級「エンドのE組」の生徒たちが織りなす過激で楽しい学園ストーリー。クセのある絵柄だがセンスは抜群。随所のギャグも効いている。現在、単行本は15巻まで刊行。週刊『少年ジャンプ』に連載中。(古川耕)
- 『ABC! 曙第二中学校放送部』市川朔久子(講談社)
みさとが所属するのは、廃部寸前の放送部。厳しい先生から目をつけられ、トホホな毎日がつづく。そこへ美少女の転校生・葉月が現れて、ますます深刻に……。でも放送部の小さな声は、やがてみんなの心に届き始める。(那須田淳) - 『幕が上がる』平田オリザ(講談社文庫)
地方高校の演劇部、さおりは部長になった。新しく来た顧問は全国大会を掲げ、生徒たちも奮起する。演出を任されたさおりは、『銀河鉄道の夜』を演目に、全国大会に勝つための劇づくりにのめりこんでいく。リアルな高校演劇の世界を描く部活小説(右田ユミ) - 『どまんなか』須藤靖貴(講談社文庫)
大代台高校の野球部は掟破り。根性論は一切なく、ミーティングで方向性を決める「考える野球」。球児たちは毎日野球漬け。野球野球野球!!濃厚な野球生活を、直球どまんなかに描く。(森口泉) - 『アート少女』花形みつる(ポプラ文庫ピュアフル)
才能ある3年生たちが引退し、一気に弱小部活になった美術部。進学校を目指す校長が、補修室に使うために部室を取り上げると言い出す。どうする根岸!……だからといって、何をする根岸!アート愛あふれる爆笑&感動の青春ストーリー。(ひこ・田中) - 『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』渡航/ぽんかん⑧・イラスト(小学館ガガガ文庫)
高校2年生の八幡は自分と周りをごまかす生き方を嫌っている「ぼっち」。担任教師に強制的に入部させられた奉仕部で、信条を同じくする才色兼備な雪乃と出会い、正論が通用しない学校での生き方を模索する。現在11巻まで刊行されている。(目黒強)
- 『トーキョー・クロスロード』濱野京子(ポプラ文庫ピュアフル)
眼鏡をかけて別人に変装し、山手線の地図に投げたダーツが当たった見知らぬ駅で降りる。そんな変わった趣味を持つ森下栞が五反田駅で出会ったのは、中学のときの同級生、月島耕也だった。高校生の切ない恋愛を描いた青春小説。(大橋崇行) - 『本屋さんのダイアナ』柚木麻子(新潮社)
シングルマザーである母のヤンキー趣味に囲まれて育ったダイアナこと矢島大穴。母は料理教室の先生、父は編集者という知的な家庭で育った神崎彩子。本を読むのが好きという共通点で結ばれた2人の少女の8歳から22歳までの物語。(斎藤美奈子) - 『逢沢りく』ほしよりこ(文藝春秋)
主人公のりくは、蛇口をひねるように簡単に涙を流すことができる女の子。でも悲しくて泣いたことはない。悲しいって何? どういうもの? 本当の感情を知らないりくが、関西のにぎやかな大おばさんの家で初めて知る大波のような感情。(酒井七海) - 『向かい風に髪なびかせて』河合二湖(講談社)
すべての女の子は「見た目」の問題から逃れることはできない。様々な問題を抱えた、悩める中学2年生の女の子たち4人の「かわいい」と「かわいくない」をめぐる連作短編集。(兼森理恵) - 『さくらいろの季節』蒼沼洋人(ポプラ社)
親友が転校してしまい、喪失感に見舞われる少女めぐみ。けれども小学校最後の1年は、子どもたちをいうにいわれぬ焦燥にかりたてる。そんなひりひりするような空気の中で、大事件が起きた……。(那須田淳) - 『てらさふ』朝倉かすみ(文藝春秋)
私たちが手を組めば、何だってできる! 洞察力に長けた堂上弥子と美貌のニコこと鈴木笑顔瑠。中学校の教室で出会った2人は、まんまと大人を騙すことに成功するが……。北海道小樽を舞台に、恐るべき「仲良し2人組」が疾走する。(斎藤美奈子) - 『ドレスを着た男子』D・ウォリアムズ/Q・ブレイク画/鹿田昌美・訳(福音館書店)
母親が出て行ったため、父親と兄と3人で暮らしている12歳のデニス。ある日彼は、有名な女性向けファッション雑誌『ヴォーグ』の中に、母親が着ていたのとそっくりなドレスを発見し……。(ひこ・田中) - 『カエルの歌姫』如月かずさ(講談社)
男性らしくなっていく身体に嫌悪感をおぼえる圭吾にとって、女声で歌うことだけが自分らしさを感じられる瞬間だった。そんな圭吾が放送部主催の企画に覆面アイドルとしてエントリーしたことから、思いがけない事件が起こる。(目黒強) - 『はみだしインディアンのホントにホントの物語』シャーマン・アレクシー/さくまゆみこ・訳/E・フォーニー絵(小学館)
ネイティブ・アメリカン作家の旗手アレクシーが初めてYA読者向けに書いた自伝的小説。インディアン保留地で生まれ育ったさえない少年は、先生との会話をきっかけに、白人だけのトップ校に転校することを決め、わが道を進んでいく。(鈴木宏枝) - 『彼女のためにぼくができること』クリス・クラッチャー/西田登・訳(あかね書房)
サラは手と顔に大火傷のあとがある女の子で、最低の父親と暮らしている。エリックは幼い頃から肥満体だが、話のわかる母親と暮らしている(父親はとっくの昔に家を飛び出した)。こんなふたりに残されているストーリーとは……。(金原瑞人)
- 『ロス、きみを送る旅』キース・グレイ/野沢佳織・訳(徳間書店)
15歳のロスが交通事故で死んでしまった。そのお葬式に不満を持ったロスの親友ブレイク、シム、ケニーは、ロスが生前行きたいと言っていた、スコットランドのロス村に遺灰を撒くという本当のお葬式をする旅に出る。(土居安子) - 『夏の魔法』ジーン・バーズオール/代田亜香子・訳(小峰書店)
ペンダーウィック家の四姉妹たちの夏のバカンスを描いた、作者ジーン・バーズオールのデビュー作。四姉妹の登場する児童文学と言えば『若草物語』が有名で、事実その影響も感じられるが、今読み始めるなら断然こちらだろう。装丁も美しい。(古川耕) - 『空を泳ぐ夢をみた』梨屋アリエ(ほるぷ出版)
高1の未空は、放送部に入部して朗読の魅力を知る。幼なじみの至道が未空の朗読を動画投稿サイトにアップしたことから、未空は視覚障害者の女の子である響と出会い、インターネットの可能性を模索するようになる。新しい形のYA小説。(目黒強) - 『さよならを待つふたりのために』ジョン・グリーン/金原瑞人、竹内茜・訳(岩波書店)
16歳でがんを患うヘイゼルは、骨肉腫で片足を失ったオーガスタスと出会い、恋に落ちる。ヘイゼルは、愛読書『至高の痛み』の続きを知りたくて、作家に会おうとするが、作家はオランダ在住。オーガスタスはある提案をする……。(三辺律子) - 『青い麦』コレット/河野万里子・訳(光文社古典新訳文庫)
夏の休暇をブルターニュの海辺で過ごす16歳のフィリップと15歳のヴァンカ。ふたりは幼なじみで、将来は結婚するつもりでいたが……。奔放な人生で知られるフランスの国民的作家コレットが書いた、恋愛小説の古典的名作。(大橋崇行) - 『14歳、ぼくらの疾走』ヴォルフガング・ヘルンドルフ/木本栄・訳(小峰書店)
失恋して落ち込むマイクのもとにあらわれたのは、なんとも破天荒な少年チックだった。その自由気ままな生き方に惹かれ、意気投合したマイクは、チックと一緒に、オンボロ車を盗み出し、旅に出る。(那須田淳) - 『星空ロック』那須田淳(あすなろ書房)
14歳の少年レオがギターを教えてもらった90歳の友人チケル。彼が生前、話していた心残りはベルリンにあった。レオは夏休みを利用して、ケチルの願いを叶えようとする。でも、ベルリンの滞在期間はわずか3日間。願いを果たせるのか。(ひこ・田中) - 『ウォールフラワー』スティーブン・チョボスキー/田内志文・訳(集英社文庫)
ナイーヴな15歳の少年チャーリーの高校生活を描く。『ライ麦畑でつかまえて』の再来と絶賛され、作品に登場する音楽を中心とした80年代カルチャーと共に若い読者の心をつかんだ。2013年の同名の映画で、不変の青春小説として再注目。(三辺律子) - 『サンドラ、またはエスのバラード』カンニ・ムッレル/菱木晃子・訳(新宿書房)
サンドラが愛していた彼は別の女と……。怒りに駆られたサンドラは彼を傷つけ、老人介護施設で働くことを命じられる。入所しているユダヤ人女性ユディスとの出会いが、次第に彼女を変えていく。(ひこ・田中) - 『都会のトム&ソーヤ11』はやみねかおる/にしけいこ・絵(講談社)
中学生の竜王創也(ソーヤ)と内藤内人(トム)が究極のゲームを作るという夢を持って試行錯誤する人気シリーズ。この11巻では、ライバル栗井栄太が2人をゲームDOUBLEに招待し、2人は現実と仮想が入り混じった空間で命を狙われる。(土居安子)
- 『ヤング・アダルトU.S.A.』長谷川町蔵、山崎まどか(DU BOOKS)
二〇〇六年に出版された『ハイスクールUSA―アメリカ学園映画のすべて』(国書刊行会)は、八〇年代から現代までのアメリカの学園映画、約一五〇本を紹介した怪作。長谷川・山崎の強力コンビが青春映画を題材にアメリカン・ポップカルチャーの魅力を縦横無尽に語っている。/それから十年、その続編『ヤング・アダルトU.S.A.』が出た。長谷川・山崎の最強コンビがここ十年のアメリカの青春映画、青春テレビドラマ、青春音楽、青春小説について、語り尽くす。(金原瑞人)
2章 社会を知る、未来を考える本
◆こんな仕事と出会いたい!- 『ハケンアニメ!』辻村深月(マガジンハウス)
アニメーション制作の現場で働く女性たちを取り上げたオムニバス小説集。仕事に対して正面から向き合い、悩みながらも目の前に立ちはだかる困難を乗り越えていこうとする人々の情熱を描く。「お仕事小説」の傑作。(大橋崇行) - 『負けないパティシエガール』ジョーン・バウアー/灰島かり・訳(小学館)
パパを戦争で亡くし、ママのもと恋人の暴力から逃れるために、ママとフォスターは新しい町に移り住む。パティシエになることを夢見るフォスターは、さびれた町で、文字が読めないという障がいを抱えながらも、お菓子作りを続けるのだが……。(奥山恵) - 『クローバー・レイン』大崎梢(ポプラ文庫)
大手出版社の若手編集者・工藤彰彦は、ある作家の原稿と出会い、自社での出版を熱望するが、社内の承認がなかなか取りつけられない。また、作家と娘のこじれた関係も、大きな壁となって彼の前に立ちふさがる。工藤はこの難局をどう乗り越えるのか。(西村醇子) - 『靴を売るシンデレラ』ジョーン・バウアー/灰島かり・訳(小学館)
靴屋でアルバイトをしているジェナは、高校生だけれど天才的な販売力を持つ。彼女の才能に目をつけた女社長が、夏休み期間の運転手にジェナを抜擢。2人のドライブは、会社の存続をかけた、とんでもないロングドライブだった!(森口泉) - 『エリザベス女王のお針子』ケイト・ペニントン/柳井薫・訳(徳間書店)
16世紀のイギリス、デボン州の屋敷サルタリー・ホールでお針子として働く13歳のメアリー。木や花に着想を得た刺繍は他に類を見ない美しさだ。だが、腕を見込まれてローリー卿のマントを縫い始めてから、彼女の運命は大きく変わる。(鈴木宏枝)
- 『掏摸』中村文則(河出文庫)
他人の財布や所有物を掏る。その瞬間にほのかな温かみを感じる1人の男が、闇の世界を支配する人物に無理難題を命じられる。拒否すれば死、失敗しても死。理不尽に満ちた世界の「悪」をあぶりだすストーリー。(森絵都) - 『さよなら、シリアルキラー』バリー・ライガ/満園真木・訳(創元推理文庫)
町で凄惨な殺人事件が起こる。現場ではベテラン保安官G・ウイルアム・タナーたちの調査が行われている。それを少し離れた藪の中から双眼鏡で見ている少年ジャズは確信していた。これは連続殺人事件だと。異色の青春ミステリー。(ひこ・田中) - 『ボグ・チャイルド』シヴォーン・ダウド/千葉茂樹・訳(ゴブリン書房)
1981年、北アイルランドの国境近くの湿地で少女の遺体を発見するシーンから物語は始まる。発見者である高校生・ファーガスは卒業したら紛争の続く土地から離れ、自由に生きたいと願っていた……。(ほそえさちよ) - 『路上のストライカー』マイケル・ウィリアムズ/さくまゆみこ・訳(岩波書店)
ジンバブエのグツ村に住むデオは、村に兵士が来て村人を虐殺したため、サッカーボールの中にお金を隠して兄のイノセントと南アフリカへ命の危険を冒して逃亡する。しかし、そこも安住の地ではなかった……。(土居安子) - 『解錠師』スティーヴ・ハミルトン/越前敏弥・訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)
8歳の時、あることがきっかけで言葉がしゃべれなくなってしまった少年マイクル。彼には特殊な才能があった。それはどんな錠でも開けられること。必然的に、彼は解錠師、すなわち金庫破りの道へ入っていくのだが……。(三辺律子) - 『私は売られてきた』パトリシア・マコーミック/代田亜香子・訳(作品社)
貧村の娘ラクシュミー13歳は、継父によって売られてしまう。知らない間に国境を越え、今度はインドで売春宿へ――。ネパールで実際に起こった人身売買事件をベースにした物語。助け出された少女への取材をもとに書かれている。(ひこ・田中) - 『島はぼくらと』辻村深月(講談社)
瀬戸内海の冴島。海にへだてられた土地に生きるが故に、一種独特の絆にむすばれている高校2年生の朱里、衣花、新、源樹の4人。彼らの前に、ある日、島に伝わる「幻の脚本」を探しにきたという奇妙な男があらわれる。(森絵都) - 『発電所のねむるまち』M・モーパーゴ/P・ベイリー絵/杉田七重・訳(あかね書房)
何十年ぶりかで故郷の近くまで来たマイケル。立ち寄るか寄らないかを悩みます。そこは、懐かしいと同時に、つらい思い出を残している場所。それでもマイケルは故郷に足を向けるのですが……。(ひこ・田中)
- 『郊外少年マリク』マブルーク・ラシュディ/中島さおり・訳(集英社)
パリ郊外の団地で暮らす、アルジェリア系フランス人の少年マリクの日々を、5歳から26歳までの短編形式で綴る。貧しい移民たちの暮らしがいきいきとユーモアたっぷりに、そして苦い現実とともに語られる。(三辺律子) - 『おれのおばさん』佐川光晴(集英社文庫)
「おれ」はほんとについていない。銀行の副支店長だった父親が金を着服して逮捕されちゃったんだからな。「おれ」は伯母が運営する札幌の児童養護施設にあずけられるが……。エリートだった少年が逆境を超えて新しい居場所を見つける物語。(斎藤美奈子) - 『口笛の聞こえる季節』アイヴァン・ドイグ/亀井よし子・訳(ヴィレッジブックス)
モンタナの大草原に住む一家に、料理以外は完璧という美人で風変わりな家政婦がやってくる。彼女と博識のその兄との生活でどんどん輝きを取り戻してゆく一家。口笛とともに古き良きアメリカの風吹く魔法のような物語。(酒井七海) - 『明日の子供たち』有川浩(幻冬舎)
「あしたの家」という児童養護施設を舞台に、元会社員の新米職員・慎平の1年間の奮闘ぶりを描く。プロであるが故にぶつかり合う同僚たちの様子や当事者である子どもたちの切実な想いを交えながら、社会のあるべき姿を問いかける。(目黒強) - 『奇跡の人』原田マハ(双葉社)
アメリカ帰りの去場安のもとに、青森県弘前の男爵家から「娘の教育係になってほしい」という依頼が舞い込む。娘の名は介良れん。見ることも聞くこともできない少女だった。ヘレン・ケラーの自伝を明治の日本に移植した、異色の長編小説。(斎藤美奈子) - 『まつりちゃん』岩瀬成子(理論社)
空き家だと思っていた1軒の家。そこにまだ幼い小さな女の子がたった1人で暮らしていると知ったら、あなたはどうしますか? まつりちゃんという名のちょっと不思議な女の子の物語。(鈴木潤) - 『めざめれば魔女』マーガレット・マーヒー/清水真砂子・訳(岩波少年文庫)
ニュージーランドの作家マーガレット・マーヒーが1984年に発表した古典的名作。2013年にその改訳版が出版された。14歳のローラの成長とその痛みを描く。本書での「魔法」は超能力というより、思春期の繊細さや万能感の比喩とも取れる。(古川耕) - 『サラスの旅』シヴォーン・ダウド/尾高薫・訳(ゴブリン書房)
ロンドンの児童養護施設で暮らしていたホリーに里親が見つかる。だが、新しい家庭になじめず、毎日がイライラの日々。ママを探そう! ホリーは家出を決行する。子どもだと気付かれないように変装し、アイルランドを目指すのだが……。(ひこ・田中) - 『さよならのドライブ』ロディ・ドイル/こだまともこ・訳/こがしわかおり・絵(フレーベル館)
12歳のメアリー、ちょっと天然な母スカーレット、もうすぐ死を迎えようとしている祖母エマー、そしてエマーの母親タンジー(幽霊)。時代も生き方も違う4人の女性がアイルランドを舞台に出会い過ごした一夜の夢のような物語。(鈴木潤)
- 『父さんの手紙はぜんぶおぼえた』タミ・シェム=トヴ/母袋夏生・訳(岩波書店)
ナチス占領下のオランダ。家庭と離れて暮らすユダヤ人の少女リーネケの慰めは、父から密かに届く絵入りの手紙。読んですぐ手放さなければならなかったその手紙が、奇跡的に残っていた。それによって明らかになった戦争の記憶を描いた物語。(右田ユミ) - 『光のうつしえ』朽木祥(講談社)
原爆投下から25年目の広島。「被爆二世」の希未や俊たちは、「あのころの廣島とヒロシマ」というテーマで、美術部の文化祭展示をすることに。中学生たちは、周りの人々が体験した原爆の日のできごとに、耳を傾けていく。(奥山恵) - 『ハルムスの世界』ダニイル・ハルムス/増本浩子、ヴァレリー・グレチュコ訳(ヴィレッジブックス)
ダニイル・ハルムスは1905年のロシアに生まれ、スターリン政権下のソ連という、いつ秘密警察に連行されるかわからない状況下でナンセンスな笑いを追求し続け、36歳の若さで獄中死した作家。本書はその代表作39編を収録した傑作集です。(豊粼由美) - 『アップルソング』小手鞠るい(ポプラ文庫)
戦争のさなかに生まれた鳥飼茉莉江は、0歳で空襲のガレキの中から助け出され、10歳でアメリカにわたり、17歳でニューヨークを目指した。激動の現代史を背景に、一女性報道写真家の一生を描いたノンフィクションみたいなフィクション。(斎藤美奈子) - 『組曲虐殺』井上ひさし(集英社)
プロレタリア作家小林多喜二の最後の3年弱を2幕全9場で描いた音楽劇の戯曲。井上ひさしの最後の作品。多喜二の姉、妻、恋人、2人の特高刑事が登場し、多喜二の拷問死を取り上げながら、喜劇仕立てとなっている。(西山利佳) - 『卵をめぐる祖父の戦争』デイヴィッド・ベニオフ/田口俊樹・訳(ハヤカワ文庫NV)
ナチス包囲下のレニングラード。食べ物を見つけられず餓死していく人も多い中、レフは大佐から卵を見つけてくるように命じられる。ほぼ絶望的な状況の中、相棒となったコーリャと一緒に命がけの卵探しに出かけてゆくが……。(酒井七海) - 『火葬人』ラジスラフ・フクス/阿部賢一・訳(松籟社)
20世紀後半のチェコで活躍したラジスラフ・フクスの代表作。ナチスドイツの影が迫る1930年代のプラハで葬儀場に勤める主人公の日常が、時代状況や親ナチスの友人の影響を受けながら次第に変質していくさまを描いた、グロテスクな物語です。(豊粼由美)
- 『ミムス』リリ・タール/木本栄・訳(小峰書店)
フロリーン王子は、宿敵のヴィンランド国に欺かれ、王とともに捕虜になってしまう。ただひとつ生き延びる方法は、憎むべき敵の王宮に仕える道化師になることだった。そこで王子は、老道化師のミムスと出会う。(那須田淳) - 『アーサー王ここに眠る』フィリップ・リーヴ/井辻朱美・訳(東京創元社)
紀元500年頃のブリテンで吟遊詩人ミルディンに拾われた孤児の少女。最初は少年グウィンとしてその後は娘グウィナとして指示されるままに働く。年月がたち、多くの死を見届けたとき、彼女もまた語り部となっていた。(西村醇子) - 『ピエタ』大島真寿美(ポプラ文庫)
18世紀、ヴェネツィア共和国のピエタ慈善院に、ウィーンから、ヴィヴァルディ死去の知らせが届く。彼の教え子で、慈善院で育ったエミーリアは、院のこれからを考えるとともに、師の思い出にひたる。そこへ妙な事件が起こり……。(金原瑞人) - 『マルベリーボーイズ』ドナ・ジョー・ナポリ/相山夏奏・訳(偕成社)
母親に新しい靴一足だけを持たされて、イタリアのナポリからアメリカに渡った9歳の少年。母親の「生きのびなさい」という教えを胸に見知らぬ土地で生きていく決意をする。勇気と知恵に溢れた成長物語。(兼森理恵) - 『アライバル』ショーン・タン(河出書房新社)
移民として他国に渡った男性が、慣れない土地で試行錯誤しながら生活を始め、やがて家族を呼び寄せるまでの物語。1ページを12分割した小さなコマ割りから、見開きの大きな絵まで、セピア色の濃淡で表された絵だけですべてを語る。(鈴木宏枝) - 『紫の結び』紫式部/荻原規子・訳(理論社)
「源氏物語」五十四帖のうち、「桐壺」「若紫」から光源氏の晩年までを一気に読み通すことができるようにまとめられた現代語訳。和歌は意訳され、セリフはすっきりとまとめられているが、花鳥風月を愛でる姿は生き生きと描かれる。(ほそえさちよ) - 『チェロの木』いせひでこ(偕成社)
森を育て木を育てる人、木から楽器を作る人、楽器から音楽を作りとどける人、楽器を弾く人を育てる人。長い時間のなかでつながる人と自然を、チェロという楽器をモチーフに描いた絵本。(右田ユミ) - 『ブランディングズ城の夏の稲妻』P・G・ウッドハウス/森村たまき・訳(国書刊行会)
イギリスの田舎ののどかな城は「泥棒」だらけ。主の伯爵の甥、姪の恋人、執事、探偵、元秘書。彼らが狙うのは、伯爵ご寵愛の巨大ブタと伯爵の弟の書くスキャンダラスな回顧録だ。結婚のため、お金のため、名誉のため、素人泥棒は暗躍する。(佐藤多佳子)
- 『わたしが子どものころ戦争があった』野上暁・編(理論社)
戦時下で子ども時代を送った人々の記憶を集めたのが、この本。/森山京は兵隊を戦地に送り出す時、「『無事に帰っておいで』とか『待ってるよ』(中略)などとはだれもいいませんでした。いいたくても口に出せない言葉だったのです」と語ります。(ひこ・田中)
3章 見知らぬ世界を旅する本
◆すぐそこにある未来- 『嵐にいななく』L・S・マシューズ/三辺律子・訳(小学館)
嵐で洪水に町をのみ込まれてしまい、新しい土地に引っ越したジャック。学校にうまくなじめない彼は、隣人のマイケルとの出会いや馬の世話を通じて成長していく。そして、そこで育まれた信頼が、やがて村を変えていく。(兼森理恵) - 『シンドローム』佐藤哲也(福音館書店)
突然飛来した謎の火球は、深く巨大な穴を残して消える。ぼくの住む町は少しずつ地面に飲み込まれていく……。それでもぼくは中間試験のことが気になる。日常と非日常の狭間で高校生のぼくが送る日々を、圧倒的なリアリティで描く青春小説。(名久井直子) - 『紫色のクオリア』うえお久光/綱島志朗・イラスト(アスキーメディアワークス電撃文庫)
紫色の瞳を持った中学生の少女、鞠井ゆかり。彼女は自分以外の人間が、“ロボット”に見えるという。そんな彼女に迫る過酷な運命を塗り替えようと、友だちの女子中学生マナブが奔走する。SFライトノベルの傑作。(大橋崇行) - 『タイムライダーズ』アレックス・スカロウ/金原瑞人、樋渡正人・訳(小学館)
2040年代、タイムトラベルが可能になった世界で、歪められた時間の流れを元に戻すため、時代も国も違う所から集められた3人の少年少女たち。最高にスリリングなSFファンタジー。(兼森理恵) - 『心のナイフ』パトリック・ネス/金原瑞人、樋渡正人・訳(東京創元社)
男しかいないプレンティスタウンに住むトッドは、大人の儀式を控えていたが、育ての親に逃げるように言われ、沼地で出会った謎の少女、ヴァイオラとともに町を抜け出す。ところが、2人の命を狙う者に追いかけられ続ける。(土居安子) - 『民のいない神』ハリ・クンズル/木原善彦・訳(白水社)
砂漠にそびえる巨大な岩山「ピナクル・ロック」。そこで起きた幼児失踪事件を中心に、アメリカ先住民の伝承から、UFOカルト、イラク戦争、金融危機まで、いくつもの時空を往還し、予測不能の展開を見せるインド系イギリス人作家の傑作長篇。(豊粼由美) - 『ジェンナ』メアリ・E・ピアソン/三辺律子・訳(小学館)
すべての記憶を失った17歳のジェンナは、自分の過去を学習していく。ある日、自分がアメリカ文学の古典を1冊暗記していることに気づく。いったい、自分は、自分の記憶はどうなっているのか。やがて恐ろしい事実が明らかに……。(金原瑞人) - 『ハーモニー』伊藤計劃(ハヤカワ文庫JA)
核戦争のあとの静けさの中、人々が互いを守りあい、管理しあって生きている世界。平和であること、健全であること、平均的であることが強いられる「空気」に、命懸けの抵抗を試みた3人の女子高生がいた――。日本SF大賞受賞作。(森絵都)
- 『ログ・ホライズン1』橙乃ままれ(KADOKAWA/エンターブレイン)
多人数参加型オンラインRPGにログインしていたプレイヤーがゲーム世界に閉じ込められる。古参プレイヤーのシロエは、混乱の極みにあるゲーム世界に秩序を取り戻すべく仲間とともに戦う。10巻まで発売中の人気シリーズの第1巻。(目黒強) - 『シロガラス』佐藤多佳子(偕成社)
現代の子どもや若者をリアルに優しく描き続けてきた著者が、初めて小学生の活躍する本格的なファンタジーに挑戦。これまでにない設定と展開が楽しい。もちろん、登場人物が魅力的なのは相変わらずだ。(金原瑞人) - 『短くて恐ろしいフィルの時代』ジョージ・ソーンダーズ/岸本佐知子・訳(角川書店)
小さな内ホーナー国とそれを取り囲む外ホーナー国。国境を巡り次第にエスカレートする迫害がヒートアップして――。「天才賞」として名高いマッカーサー賞受賞の鬼才ソーンダーズが放つ、前代未聞のジェノサイドにまつわる怖いおとぎ話。(豊粼由美) - 『ペナンブラ氏の24時間書店』ロビン・スローン/島村浩子・訳(東京創元社)
ペナンブラ氏の24時間書店は、客もいないのに24時間営業している不思議な本屋。そこで働くことになったクレイは、店の奥の、検索しても出てこない秘密の本のことを知り、最新技術を駆使して遥か昔から続く不思議な本の謎を解いていく。(酒井七海) - 『25時のバカンス』市川春子(講談社アフタヌーンKC)
収録作品に共通するテーマは「人」と「人の姿をした人でないもの」との愛である。情報の提示の仕方が普通の漫画とは異なっている。絵にインパクトがありすぎて、人によってはトラウマになったという声も聞かれるから要注意。(穂村弘) - 『密話』石川宏千花(講談社)
気がつけば下水道の泥水のなかにいた、人ではない奇妙な生き物。人間と友達になりたい孤独な生き物は、ようやくできた人間の友達の〈お願い〉を叶え続けてしまう。(森口泉) - 『墓場の少年』ニール・ゲイマン/金原瑞人・訳(角川書店)
殺害された一家に生き残りの幼児がいた。墓地の幽霊は身元不詳の彼をボッドと名付け、共同で育て始める。成長したボッドは墓地の外に好奇心を抱くが、殺し屋は暗殺をあきらめておらず、幽霊たちは解決策を探る。一風変わった成長と冒険の物語。(西村醇子) - 『フランケンシュタイン家の双子』ケネス・オッペル/原田勝・訳(創元推理文庫)
舞台は、科学と似非科学がせめぎ合う、フランス革命時代のジュネーヴ。大学で科学を学び、あの恐ろしいモンスターを作ることになるフランケンシュタインが16歳のときに経験した事件が描かれる。(金原瑞人) - 『星座から見た地球』福永信(新潮社)
この小さい光があれば、物語は消えてしまわない。はるか彼方、地球のどこかで暮らす子供たち。時間は不意に巻き戻る。忘れがたい世界へといざなう、野心あふれる長篇小説。と帯に書いてあります。(名久井直子) - 『図書室の魔法』ジョー・ウォルトン/茂木健・訳(東京創元社)
制約が多い寄宿学校に入れられ、不本意な日々を送っている少女モリ。町の読書クラブに参加して初めて、同じ趣味をもつ仲間を得た。だが災いの元凶である母は、嫌がらせをやめない。モリはそれに対抗できるのだろうか。(西村醇子) - 『天盆』王城夕紀(中央公論新社)
「天盆は、ただの盤戯ではない。天盆とは、天の縮図。この盆上は、ひとつの天、すなわちこの世そのもの」。そんな「天盆」を打つために生まれてきたかのような少年、凡天が頂点を極めていく様を描いたファンタジー。(金原瑞人)
- 『つづきの図書館』柏葉幸子/山本容子・絵(講談社)
ふるさとの図書館で働き始めた桃さんのところに、読んでいた人のその後が気になると、作中人物たちがやってくる。はだかの王様、狼、あまのじゃく……。桃さんは、かれらの気がかりを解消すべく、読んでいた人を探し始める。(奥山恵) - 『どうぼうのどろぼん』斉藤倫/牡丹靖佳・画(福音館書店)
ある日刑事の「ぼく」はどろぼうを捕まえる。犯罪を立証するために10日間の取り調べが始まる。名前はどろぼん。彼が話すどろぼう人生は、今まで聞いたこともないふしぎな話だった。(ひこ・田中) - 『天狗ノオト』田中彩子(理論社)
保は亡くなった祖父の遺品の中から日記を見つける。そこに記された「天狗ニアフ……」の謎めいた文字。祖父の残した秘密に引き寄せられるように保と仲間たちは不思議な事件に巻き込まれていく。ひと夏の忘れがたい物語。(鈴木潤) - 『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』万城目学(角川文庫)
小学1年生のかのこちゃんと、この家にやって来た気高い猫のマドレーヌ夫人、それぞれの視点で描かれた日常は、驚きや喜びに満ちています。淡々とした中にも、はじけんばかりのきらめきが見え隠れする物語。(右田ユミ) - 『夢みごこち』フジモトマサル(平凡社)
あなたの夢は有罪ですか? 漂流する宇宙船、月面に埋もれた石版、洞窟に消えた兄弟……どこまでも晴れ渡った草原の青空と、そして反転し続けるふたりの記憶……。夢から現へ、現から夢へ。ループする終わりなき悪夢の果ては……?(名久井直子) - 『小さなバイキングビッケ』ルーネル・ヨンソン/石渡利康・訳/E・カールソン絵(評論社)
今から千年ほど昔、スウェーデンやノルウェーにはバイキングという海賊がいました。船で遠征して町を襲うので人々からは恐れられていたのです。そんな男たちの中で活躍し、世界中で愛されている小さなバイキング、ビッケの物語。(鈴木潤) - 『赤ずきん』いしいしんじ/ほしよりこ・絵(フェリシモ出版)
赤ずきんは、若い連中にいじめられていた亀を助けてあげました。「したら亀が、メルシーお嬢さん、なんて人間の言葉しゃべんじゃない。あんたファンタジー?」言葉とイメージとリズムの快さ、話のめちゃくちゃなところがすごい絵本です。
4章 言葉をまるごと味わう本
◆短い物語の愉しみ- 『ファイン/キュート』高原英理・編(ちくま文庫)
可愛いだけじゃない、素敵さも伴った作品を選りすぐったアンソロジー。犬たち猫たち、幼心、キュートなシニア、かわいげランド、といった様々な切り口で分類しています。100年以上前のスペインの詩人から新しい日本の小説まで、35編の作品を収録。(名久井直子) - 『クマのあたりまえ』魚住直子/植田真・絵(ポプラ社)
飛ぶことをあきらめたチドリと、ぶかっこうなチドリの出会い。食べもしないのに生き物を殺すアオダイショウと、盲目の少女の出会い。飢えたライオンと、肉を分けてくれる年取ったライオンの出会い。生きることをテーマにした短編集。(金原瑞人) - 『ひぐれのお客』安房直子/MICAO・画(福音館書店)
どこかうっすらとさみしい。あたたかいけれどかなしい。安房直子の描き出す物語はいっぷう変わった動物たちや人々が登場します。そしてみんなの心のひだにそっと寄り添うような話をしてくれるのです。(鈴木潤) - 『オーブランの少女』深緑野分(創元推理文庫)
収録された5編のミステリーにはいずれも「少女」を巡る謎が描かれている。時代や国などの設定はさまざまだがいずれも傑作。残酷さと美しさ、論理と神秘、相反するかに見える要素が溶けあって唯一無二の世界を作り出している。(穂村弘) - 『ぷらせぼくらぶ』奥田亜紀子(小学館IKKI COMIX)
「僕の望み」「窓辺のゆうれい」「運命のプロトコル」など6編からなる連作短編集。奥田亜紀子のデビュー作にして2015年7月時点での唯一の単行本。「ぷらせぼくらぶ」というタイトルについて思いを馳せるのもまた一興(プラシボとは偽薬のこと)。(古川耕) - 『丕緒の鳥』小野不由美(新潮文庫)
「十二国記」シリーズの外伝的短編集。『yom yom vol.6』(2008年3月)、『同vol.12』(2009年10月)に掲載された2編と書き下ろし2編を収録。王の非道や不在によって荒廃する世界で、苦しむ民の立場から一筋の希望を指し示す。(西山利佳) - 『遠い日の呼び声』ロバート・ウェストール/野沢佳織・訳(徳間書店)
カーネギー賞作家で長編にも定評のあるウェストールの短編から18作を選び、『遠い日の呼び声』と『真夜中の電話』に9編ずつ収録。過去や時間をテーマにした本作は、少年のまっすぐな感情や葛藤、戦争の中にある狂気と人間らしさへの問いかけなど、作家の筆が冴えわたる。(鈴木宏枝) - 『逃げてゆく水平線』ロベルト・ピウミーニ/長野徹・訳(東宣出版)
イタリア発のナンセンスな短編集。突飛、無茶、無理、無意味、ありえない……けど、楽しい、おもしろい、おかしい、切ない。ナンセンス(ばか話、たわ言)なのに、不思議と心に迫ってくるものもある奇妙な1冊。(金原瑞人) - 『ジーヴズの事件簿』P・G・ウッドハウス/岩永正勝、小山太一・編訳(文春文庫)
お金持ちでまぬけな好青年のバーティと、変わり者の友人や親戚は、次々と珍妙なトラブルに巻き込まれる。事件を毎度颯爽と解決するのが、バーティの執事で、天才的頭脳のジーヴズだ。イギリスが世界に誇る、古典的ユーモア小説の傑作短編集。(佐藤多佳子) - 『国境まで10マイル』デイヴィッド・ライス/ゆうきよしこ・訳/山口マオ・画(福音館書店)
国境からわずか10マイル。アメリカでありながら、スペイン語やメキシコ文化があふれるテキサス州南部の地域に暮らす子どもたちの成長や喜怒哀楽をとらえた、ユーモアあふれる短編集。周囲の大人もおおらかであたたかい。(鈴木宏枝) - 『おはなしして子ちゃん』藤野可織(講談社)
奇想と1編ごとのスタイルの独自性が鮮やかに結びついた短編集である。『爪と目』による芥川賞受賞後第1作として刊行されている。10編の収録作品のバラエティの豊かさ、完成度の高さに驚かされる。(穂村弘) - 『最初の舞踏会』平岡敦・編訳(岩波少年文庫)
岩波少年文庫からシリーズで刊行されているホラー・アンソロジー。英米編の1、2に続くフランス編。ペロー、モーパッサン、ゾラ、アポリネールらの名編から現代のものまで、英米とはまた違った味わいの15編。初訳2編の収録もうれしい。(金原瑞人)
- 『短歌ください』穂村弘(角川文庫)
本の雑誌『ダ・ヴィンチ』内の短歌公募欄「短歌ください」に寄せられた短歌作品に、鬼才の歌人穂村弘がコメントをつけた実践的短歌入門書。今を生きる若者たちの心が生々しく反映された歌を見つめ、現代という時代を探る。(東直子) - 『ひだりききの機械』吉岡太朗(短歌研究社)
刺激的で爆発的で好戦的で挑発的でスラップスティックで、ちょっと下品でちょっとセンチメンタル。多種多様な試みが楽しく、これが短歌か?! と思わずうなる。まず1首。「南海にイルカのおよぐポスターをアンドロイドの警官が踏む」(金原瑞人) - 『ともだちは実はひとりだけなんです』平岡あみ/宇野亜喜良・絵/穂村弘・解説(ビリケン出版)
歌人・平岡あみが12歳から16歳の間に詠んだ瑞々しく、時に鋭い痛みを伴う短歌に、イラストレーター・宇野亜喜良が絵を寄せた、まるで宝石箱のような歌集。(兼森理恵) - 『飛び跳ねる教室』千葉聡(亜紀書房)
文筆家を夢見ながら中学校の教師となった「ちばさと」先生は、生徒と友達のように仲良くなりたいと願うが、早速「キモい」などの暴言の洗礼を受ける。しかし日々真摯に生徒と向き合ううちに信頼関係を築き、クラスは明るく活発になっていく。(東直子) - 『えーえんとくちから』笹井宏之(パルコ)
2009年に26歳で亡くなった笹井宏之の短歌作品集。その歌は絶望の中から生まれた優しさ、柔らかさ、眩しさに溢れている。奥付の日付は、作者の死からちょうど2年後の2011年1月24日になっている。(穂村弘) - 『たんぽるぽる』雪舟えま(短歌研究社)
自在なイメージで、この世界を愛情深く描いた短歌。今まで見てきた風景や、出会った人々の記憶が刷新され、やがて今抱えている心も新しくなる。この世界がどんなに素晴らしいかを伝えるために書かれた言葉たちにあふれた歌集。(東直子) - 『白い乳房 黒い乳房』谷川俊太郎・監修/正津勉・編(ホーム社)
「第2次世界大戦後から今日までの」新しい詩、それも欧米だけでなく「アジア、中近東、アフリカ、中南米」までふくめた詩、それも「愛の詩」を1冊にまとめた詩集。ただ甘く美しいだけの詩はない。どれも鋭く険しい。が、やさしい。(金原瑞人) - 『くだもののにおいのする日』松井啓子(ゆめある舎)
『のどを猫でいっぱいにして』(思潮社)などで知られる詩人の処女詩集(1980年・駒込書房刊)を新装復刊したもの。時代を感じさせないみずみずしい22編の詩で編まれ、カラー版が彩りを添えている。(ほそえさちよ) - 『うたう百物語』佐藤弓生(メディアファクトリー)
古今東西の名歌から、ひんやりとした手触りのある百の小さな物語が紡ぎ出された。1首の中にこめられた瞬間が溶け出し、異次元の世界で生き生きと躍動する。そんな物語たちは、少し怖くて、とても妖艶で、ひたひたとうれしい。(東直子) - 『水の町』高階杞一(澪標)
『キリンの洗濯』でH氏賞を受賞した高階杞一の第15詩集。この人の詩は、どこかさびしい。雨のホームから見る「二本のレールが/取り消し線のように/のびている」。しかし、「雨の降りしきったあと/たとえば/空に うかぶ/あの/白い雲のようなものに」なれる気が、ふとする。(金原瑞人) - 『十階』東直子(ふらんす堂)
2007年1月1日から12月31日までの間に書かれた短歌日記である。1頁ごとに日付と短いコメント、それに短歌が記されていて、見比べながら読むといっそう面白い。短歌とコメントと季節の化学反応が楽しめる。(穂村弘) - 『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』穂村弘(小学館文庫)
手紙魔「まみ」、妹の「ゆゆ」そしてウサギの不思議なトリオの、詩的で自由な生活。まみとゆゆを巡る恋人や友達や隣人……そして切なくふるえるまみの心、愛、祈り。「ほむほむ」に送られたたくさんの手紙から生まれた短歌たち。(名久井直子) - 『パン屋のパンセ』杉粼恒夫(六花書林)
青空と海と星、花と昆虫、パンと果物と指先、庭や食卓や街の風景など、身の回りをとりまく愛すべき素材から、新たな世界が生成される、新鮮な歌集。少年のような心で生と死を誠実に見つめ続けた作品は圧巻。(東直子)
5章 現実を見つめる本
◆世の中の仕組みを知る- 『新13歳のハローワーク』村上龍/はまのゆか・絵(幻冬舎)
中学生にとって大切なことは、好奇心を失わず、その対象となるものを探すことだ。いま、何に興味を持っているかで、将来の職業が決まるかもしれない。世の中にはこんな仕事もあるんだ、と知ってほしい職業図鑑である。(東えりか) - 『独立国家のつくりかた』坂口恭平(講談社現代新書)
移動式の家「モバイルハウス」を作ったり、3・11大震災後には独立国家を作って避難所を開いたりと、建築家・芸術家として、ユニークな活動を続ける坂口恭平。その活動のもとになった経験や考え方をまとめた新書。(奥山恵) - 『巨大な夢をかなえる方法』J・ベゾス、D・コストロ、T・ハンクスほか/佐藤智恵・訳(文藝春秋)
大学の卒業式に招かれた現代の成功者たち。社会人となる若者たちにむかい、彼らは何を語るのか。目の前の青年たちは、かつての自分である。努力と幸運で手にいれたもの、社会の中での存在意義を易しい言葉で語りかけていく。(東えりか) - 『印刷職人は、なぜ訴えられたのか』ゲイル・ジャロー/幸田敦子・訳(あすなろ書房)
1730年代、ニューヨークに英国から総督として赴任したコスビーは権力を振りかざす。反対派は週刊新聞ニューヨーク・ウィークリー・ジャーナルを創刊して対抗するが、廃刊に追い込もうとするコスビーはなんと印刷職人を逮捕した!(ひこ・田中) - 『ハーレムの闘う本屋』ヴォーンダ・ミショー・ネルソン/原田勝・訳(あすなろ書房)
1939年、ニューヨーク7番街に黒人のための黒人専門書店をつくりあげたルイス・ミショーの生涯をまとめたノンフィクション・ノベル。ルイスの弟の孫娘である著者が、様々な関係者からの聞き書きをもとにまとめた。(ほそえさちよ) - 『この世でいちばん大事な「カネ」の話』西原理恵子(角川文庫)
「貧乏は病気だ。それも、どうあがいても治らない、不治の病だ」。貧しい地方に生まれ育ち、不当な仕打ちを受け続けた漫画家が、上京して成功を収めるまでの一代記。「カネ」を稼ぐとはどういうことかを真摯に語っている。(東えりか) - 『戦争するってどんなこと?』C・ダグラス・ラミス(平凡社)
著者のダグラス・ラミス氏は海兵隊員として沖縄に駐留していたことのある軍隊出身者。現在は沖縄国際大学で教えているほか、執筆や講演などで広く平和を訴えている。この本は平凡社の市川はるみさんが氏にインタビューしたものを文章にまとめたもの。(酒井七海) - 『戦争がなかったら』高橋邦典(ポプラ社)
戦争を知らない私たちに、その素顔を伝えてくれるのが戦場カメラマン。著者はその1人。彼はリベリア内戦で出会った子どもたちが気がかりで、内戦終結後も何度も訪れます。この写真集はその10年間の記録です。(ひこ・田中)
- 『MAPS』A・ミジェリンスカ、D・ミジェリンスキ/徳間書店児童書編集部・訳(徳間書店)
4000点以上のイラストで世界の国々を紹介。あらゆる事柄が画面いっぱいに描かれています。198か国の国旗、正式名称を巻末に収録。絵で見て、読んで楽しめる「世界図絵」です。(森口泉) - 『水のひみつ』伊知地国夫・写真/土井美香子・文/滝川洋二・監修(さえら書房)
ふと目にした素晴らしい科学写真から始まる、水の研究。高校1年生の3人組が、夏休みに課題研究に共同で取り組みます。コンパクトデジタルカメラで、皆さんにも撮ることができる科学写真のコツも紹介。(土井美香子) - 『空気は踊る』結城千代子、田中幸/西岡千晶・絵(太郎次郎社エディタス)
スポーツを観戦したり、芸術を鑑賞したりするように、科学の不思議さや美しさを本で楽しもうというシリーズ。空気が動く状態「風」と、空気がない状態「真空」の2章立ての話に、空気の科学の歴史、神話や文化もおしゃれに盛り込んだ1冊。(土井美香子) - 『カラスの教科書』松原始(講談社文庫)
カラスについてのイメージをガラリと変える解説書。理学博士でカラス研究一筋の著者が、カラスの生態とカラスへの愛とを、ユーモアたっぷりに語ってくれる。植木ななせによるイラストのカラスくんもかわいい。(大橋崇行) - 『ウナギの博物誌』黒木真理・編著(化学同人)
日本人が大好きなウナギ。そのウナギの生態と産卵場所を追いかけて、研究が近年飛躍的に進んだ。ウナギの自然科学に加えて、社会科学、人文科学の方向からも光を当て、ウナギを総合的に理解し、愛する。(土井美香子) - 『ミクロの森』D・G・ハスケル/三木直子・訳(築地書館)
アメリカ・テネシー州山岳地帯の原生林の森にある1平方メートルの土地に1年間通い、観察しつづけた生物学者の記録。あらゆるものがつながり、関係し合っている様を、時に詩的な表現で綴ったネイチャーライティングの秀作。(ほそえさちよ) - 『これが見納め』D・アダムス、M・カーワディン/安原和見・訳(みすず書房)
愉快なスラップスティックSF『銀河ヒッチハイク・ガイド』で知られるイギリスの作家ダグラス・アダムスが、動物学者マーク・カーワディンと共にアイアイなどの絶滅危惧種に会いにいくというネイチャー・ルポルタージュが7編収録されています。(豊粼由美) - 『変化する地球環境』木村龍治(左右社)
自然災害が繰り返し生活を襲ってくr。対策対応を行っていくためには、地球全体の環境について理解をもち、自然現象のメカニズムを知ることが必要である。市民1人1人に必要とされる地球環境の見方を示す。(土井美香子) - 『原子力災害からいのちを守る科学』小谷正博、小林秀明、山岸悦子、渡辺範夫(岩波ジュニア新書)
2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震と続く津波で起きた、福島第一原発、第二原発の事故。それはどのようなものであったのか、どのような災害をもたらしたのか。中学までの理科の知識で考えていけるよう解説した原子力の入門書。(土井美香子) - 『ニセ科学を10倍楽しむ本』山本弘(ちくま文庫)
科学を装いながら実際は無根拠、もしくは不正確な「ニセ科学」批判の本。「血液型占い」「動物や雲が大地震を予知」といったニセ科学の嘘を暴いていく。単行本は2010年発売。エピローグ「ニセ科学にひっかからないための10箇条」も必読。(古川耕)
- 『跳びはねる思考』東田直樹(イースト・プレス)
重度の自閉症である東田直樹は13歳の時に書いた本をきっかけに、この症状への理解を世界中に広めてくれた。奇声を上げて跳びはねてしまう理由、どうして会話ができないのかを端正な文章で理解させてくれる奇跡の書。(東えりか) - 『あのひととここだけのおしゃべり』よしながふみ(白泉社文庫)
『きのう何食べた?』『大奥』などの作品で知られる漫画家よしながふみの対談集。対談相手は、漫画家や作家+堺雅人(映画『大奥』の主役)。特にBL(ボーイズラブ=男性同士の恋愛を主題にした作品)を巡るおしゃべりは圧巻。(三辺律子) - 『僕は、そして僕たちはどう生きるか』梨木香歩(岩波現代文庫)
「コペル」こと「僕」14歳が、「人生に重大な影響を与えた」出来事を書いたというかたちの物語。吉野源三郎の名著『君たちはどう生きるか』(1937年)の主人公由来のあだ名を持つだけあって、現代の「コペル」も考える。考え続ける。(西山利佳) - 『女の子のための人生のルール188』I・バサス、I・ソードセン/灰島かり・訳/木下綾乃・絵(ポプラ社)
イザベル10歳とイザベラ8歳は従姉妹同士。ある日、人生のルールを色々書いていたノートをなくしてしまいます。ところがそれを拾った人が、落とし主を探すために内容をネットで公開したら話題になり、なんと本として出版されることに!(ひこ・田中) - 『風をつかまえた少年』W・カムクワンバ、B・ミーラー/田口俊樹・訳(文春文庫)
2013年タイム誌の「世界を変える30人」に選ばれたウィリアム・カムクワンバは14歳のときに廃材で風車を製作し、風力発電を成功させた。飢饉で苦しみ、中学に通えなくなった少年が起こした奇跡の物語。(東えりか) - 『世界女の子白書』電通ギャルラボ・編(木楽舎)
社会支援プロジェクト電通ギャルラボと、途上国の妊産婦と女性の命と健康を守る活動をしている国際協力NGOジョイセフが作った、女子のための白書。世の中にはいろいろな白書があるけど、女の子白書って初めて。(ひこ・田中) - 『世界を、こんなふうに見てごらん』日郄敏隆(集英社文庫)
観察を通してさまざまな発見をしてきた動物行動学者が、「なぜ」と問うことの大切さや、豊かなものの見方を語ったエッセイ集。総合地球環境学研究所退官時の講演録「イマジネーション、イリュージョン、そして幽霊」も収録されている。(右田ユミ)
目次(簡略版) まえがき ひこ・田中 1章 10代の「今」を感じる本 ◆学校のリアル 『クラスメイツ』/『いくたのこえよみ』/『ソロモンの偽証』/『石を抱くエイリアン』/『なりたて中学生』/『少女は卒業しない』/『3年7組食物調理科』/『ミナの物語』/『伝説のエンドーくん』/『ヘヴン』/『Wonder ワンダー』/『暗殺教室』 ◆部活へGO! 『ABC! 曙第二中学校放送部』/『幕が上がる』/『どまんなか』/『アート少女』/『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』 ◆自分って何者? 『トーキョー・クロスロード』/『本屋さんのダイアナ』/『逢沢りく』/『向かい風に髪なびかせて』/『さくらいろの季節』/『てらさふ』/『ドレスを着た男子』/『カエルの歌姫』/『はみだしインディアンのホントにホントの物語』/『彼女のためにぼくができること』 ◆友情、恋、冒険、青春! 『ロス、きみを送る旅』/『夏の魔法』/『空を泳ぐ夢をみた』/『さよならを待つふたりのために』/『青い麦』/『14歳、ぼくらの疾走』/『星空ロック』/『ウォールフラワー』/『サンドラ、またはエスのバラード』/『都会のトム&ソーヤ11』 とれたて! YA本 『ヤング・アダルトU.S.A.』 2章 社会を知る、未来を考える本 ◆こんな仕事と出会いたい! 『ハケンアニメ!』/『負けないパティシエガール』/『クローバー・レイン』/『靴を売るシンデレラ』/『エリザベス女王のお針子』 ◆現実はひりひりしてる 『掏摸』/『さよなら、シリアルキラー』/『ボグ・チャイルド』/『路上のストライカー』/『解錠師』/『私は売られてきた』/『島はぼくらと』/『発電所のねむるまち』 ◆家族ってなんだろう 『郊外少年マリク』/『おれのおばさん』/『口笛の聞こえる季節』/『明日の子供たち』/『奇跡の人』/『まつりちゃん』/『めざめれば魔女』/『サラスの旅』/『さよならのドライブ』 ◆戦争がもたらすもの 『父さんの手紙はぜんぶおぼえた』/『光のうつしえ』/『ハルムスの世界』/『アップルソング』/『組曲虐殺』/『卵をめぐる祖父の戦争』/『火葬人』 ◆歴史と響き合う 『ミムス』/『アーサー王ここに眠る』/『ピエタ』/『マルベリーボーイズ』/『アライバル』/『紫の結び』/『チェロの木』/『ブランディングズ城の夏の稲妻』 とれたて! YA本 『わたしが子どものころ戦争があった』 3章 見知らぬ世界を旅する本 ◆すぐそこにある未来 『嵐にいななく』/『シンドローム』/『紫色のクオリア』/『タイムライダーズ』/『心のナイフ』/『民のいない神』/『ジェンナ』/『ハーモニー』 ◆不思議な現実、現実の不思議 『ログ・ホライズン1』/『シロガラス』/『短くて恐ろしいフィルの時代』/『ペナンブラ氏の24時間書店』/『25時のバカンス』/『密話』/『墓場の少年』/『フランケンシュタイン家の双子』/『星座から見た地球』/『図書室の魔法』/『天盆』 ◆異世界へのとびら 『つづきの図書館』/『どうぼうのどろぼん』/『天狗ノオト』/『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』/『夢みごこち』/『小さなバイキングビッケ』/『赤ずきん』 とれたて! YA本 『アメリカ児童文学の歴史』 4章 言葉をまるごと味わう本 ◆短い物語の愉しみ 『ファイン/キュート』/『クマのあたりまえ』/『ひぐれのお客』/『オーブランの少女』/『ぷらせぼくらぶ』/『丕緒の鳥』/『遠い日の呼び声』/『逃げてゆく水平線』/『ジーヴズの事件簿』/『国境まで10マイル』/『おはなしして子ちゃん』/『最初の舞踏会』 ◆歌の言葉、詩の言葉 『短歌ください』/『ひだりききの機械』/『ともだちは実はひとりだけなんです』/『飛び跳ねる教室』/『えーえんとくちから』/『たんぽるぽる』/『白い乳房 黒い乳房』/『くだもののにおいのする日』/『うたう百物語』/『水の町』/『十階』/『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』/『パン屋のパンセ』 とれたて! YA本 『少女たちの学級日誌』 5章 現実を見つめる本 ◆世の中の仕組みを知る 『新13歳のハローワーク』/『独立国家のつくりかた』/『巨大な夢をかなえる方法』/『印刷職人は、なぜ訴えられたのか』/『ハーレムの闘う本屋』/『この世でいちばん大事な「カネ」の話』/『戦争するってどんなこと?』/『戦争がなかったら』 ◆自然と遊ぶ、科学と親しむ 『MAPS』/『水のひみつ』/『空気は踊る』/『カラスの教科書』/『ウナギの博物誌』/『ミクロの森』/『これが見納め』/『変化する地球環境』/『原子力災害からいのちを守る科学』/『ニセ科学を10倍楽しむ本』 ◆違っていても大丈夫! 『跳びはねる思考』/『あのひととここだけのおしゃべり』/『僕は、そして僕たちはどう生きるか』/『女の子のための人生のルール188』/『風をつかまえた少年』/『世界女の子白書』/『世界を、こんなふうに見てごらん』 あとがき 金原瑞人 執筆者プロフィール 監修者プロフィール
- 作者: 金原瑞人,ひこ・田中
- 出版社/メーカー: ポプラ社
- 発売日: 2015/11/11
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新潮社ウェブサイト「作家自作を語る」掲載作一覧
4月1日にオープンした新潮社ウェブサイト「作家自作を語る」。毎週1話ほどのペースで新たな談話をアップする予定とのこと。
参考までに本日(4月10日)時点で公開されている作品を掲げておく。
- 有吉佐和子
『複合汚染』 → 自作を語る - 池波正太郎
『おとこの秘図』 → 自作を語る
『忍びの旗』 → 自作を語る
『剣の天地』 → 自作を語る - 井上ひさし
『吉里吉里人』 → 自作を語る
『自家製文章読本』 → 自作を語る - 井上靖
『孔子』 → 自作を語る - 遠藤周作
『彼の生きかた』 → 自作を語る
『悲しみの歌』 → 自作を語る
『侍』 → 自作を語る - 大江健三郎
『人生の親戚』 → 自作を語る - 恩田陸
『六番目の小夜子』 → 自作を語る
- 沢木耕太郎
『人の砂漠』 → 自作を語る
『一瞬の夏』 → 自作を語る
『深夜特急1』 → 自作を語る
『深夜特急5』 → 自作を語る - 白洲正子
『私の百人一首』 → 自作を語る - 城山三郎
『毎日が日曜日』 → 自作を語る
『官僚たちの夏』 → 自作を語る
- 帚木蓬生
『逃亡』 → 自作を語る
『安楽病棟』 → 自作を語る - 林真理子
『花探し』 → 自作を語る - 平野啓一郎
『一月物語』 → 自作を語る - 藤沢周平
『用心棒日月抄』 → 自作を語る
『本所しぐれ町物語』 → 自作を語る
『ふるさとへ廻る六部は』 → 自作を語る - 星新一
『たくさんのタブー』 → 自作を語る
茶色のシマウマ、世界を変える - 日本初の全寮制インターナショナル高校ISAKをつくった 小林りんの物語 - 石川拓治
2014年8月、長野県の軽井沢町に新しい高校が誕生した。
普通の高校ではない。
第一に、生徒は日本国内だけでなく、アジア圏を中心に世界中から募集する。
第二に、生徒全員が寮生活をする。
第三に、授業は原則としてすべて英語で行う。
つまり日本で初めての全寮制インターナショナルスクールなのだけれど、第四に、学校教育法の第一条に基づく正式な日本の高等学校でもある。その名をインターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢、略してISAK(アイザック)という。
この高校は世界のすべての子どもたちに向かって開かれている。
本当の意味で、日本人と外国人が一緒に学ぶ日本の高校なのだ。
日本に近代的学校教育制度が生まれて140年、前代未聞の学校と言っていいだろう。
これは、そういう学校をつくった、一人の女性についての物語だ。
1 「ナウシカの人」と出逢う。新しい学校をつくろうとしている女性がいる。
最初に知ったのは、文章にすればただそれだけの事実だ。
「学校って、つくれるものだったのか」
頭に浮かんだ感想も、単純そのものだった。
ただ、なんと言えばいいか、心の中をざわざわと風が吹き過ぎていったことを、よく覚えている。世界に風穴が開いたような気がした。
2011年の秋という時節のせいもあったと思う。
あの大震災から半年、何かことが起きるたびに、あるいは何も起きないがゆえに、この日本という国の政治や行政の脆弱性に暗澹たる気持ちにさせられていた。
何もかもが、ちくはぐで、的外れだった。身も蓋もないことを言えば、この国には、こういう時に発揮されるべきリーダーシップの片鱗も見当たらなかった。
たくさんのボランティアと人々の関心、莫大な義援金が被災地に集まっていた。世界第3位の経済規模の日本が、もしその国力をあげてことに当たっていれば、この災害がもたらした被害をもっと速やかに回復できないはずはない。少なくとも、人々の苦しみを大幅に軽減できるのではないか。多くの人が、そう感じていたはずだ。
ところが、肝心のその国力が、ほとんど何も発揮されていなかった。
政府は言い訳をし、政治家たちは言い争いをするばかりで、少なくとも私の目には、本当に必要なことが、十分になされていないように見えた。
百歩譲って、平和な時はそれでもいい。
けれど、何かことが起きれば、彼らだって一致団結して、この傷を癒やすべく、困っている人々を速やかに助けるべく、リーダーシップを発揮してくれるのではないか。心のどこかで、そういう淡い期待を抱いていた。
淡い期待は、ほぼ完膚なきまでに裏切られた。
それだけに、一人の女性が新しい学校をつくろうとしているという話に心を揺さぶられたのだと思う。
遠回りのようだけれど、それこそが、こういう今の日本を変えられる数少ない可能性なのではないか。
その人が女性であるということ以外は何も知らないうちに、どんな学校をつくるのかも聞かないうちから、頭は勝手なイメージを思い描いていた。
宮崎駿映画の主人公のような女の子だ。あるいはミヒャエル・エンデの童話に登場する少女、時間泥棒から時間を奪い返すモモのような。
灰色に塗りつぶされた社会に押し漬されることなく、みんなのためにやらなければならないことに真っ直ぐ立ち向かっていく、正義感と生命感にあふれた少女のイメージだ。
いや、本気でそういう女性に会えると思ったわけではない。それはもちろん現実とはなんの関わりもない、個人的な空想に過ぎない。
ただ、そういう空想をして、日頃の憂さを一瞬だけ晴らしただけだ。
空想は、いつも現実に裏切られる。
それくらい、よくわかっていた。
私が彼女に初めて会ったのは、2011年11月1日のことだ。
ある編集者から、その人の物語を書いてみないかと打診されたのだ。
場所は、千代田区内幸町にある投資顧問会社の会議室。
約束の午後3時を過ぎていたけれど、彼女はまだ姿を現していなかった。
地下鉄霞ヶ関駅から歩いて数分の、大手銀行の支店が入っていてもおかしくないような巨大なオフィスビルの6階に、その投資顧問会社はあった。
ニューヨークの法律事務所みたいなそのエントランスや、身のこなしに隙のない美しい秘書、案内された会議室の洗練されたインテリアを眺めれば、その会社がどれくらいの社会的信用や力を持っているかは想像ができた。
同時に、まだ会ってもいないのに、学校をつくろうとしているその女性への興味も、少し薄れるような気がした。
いずれにしても、一人の女性が学校をつくろうとしているという話は、この現実的な力を背景にしているのだ。お金さえあればなんでもできるとは、言わないけれど、それなりの資金力があれば、学校をつくるという話は、少なくとも荒唐無稽な夢ではないはずだ。
案の定なんて言ったら、相手に失礼なのはわかっている。ナウシカやモモのような少女を勝手に想像したのは私なのだから。
けれど、とにかく彼女たちの出番はそこにはなさそうだった。
前の晩にインターネットでざっと予習したその女性の経歴から考えれば、もちろんそれはわかっていたはずのことでもある。
1990年 東京学芸大学附属高等学校入学
1991年 同校を中退し、カナダのピアソン・カレッジに入学
1993年 国際バカロレアディプロマ資格取得
1994年 東京大学文科二類入学
1998年 東京大学経済学部卒業
1998年 モルガン・スタンレー日本法人勤務
2000年 インターネット系ベンチャー企業 ラクーン取締役・悄報戦略部長就任
2003年 国際協力銀行(JBIC)勤務
2005年 スタンフォード大学国際教育政策学修士号取得
2006年 国連児童基金(UNICEF)プログラムオフィサーとしてフィリピンのストリート・チルドレンの非公式教育に取り組む
2009年 インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢(ISAK)設立準備財団代表理事就任
なかなかの経歴だ。
最高の輝きを放つべく計算されたブリリアントカットのダイアモンドのように、傷のない美しいキャリア。
親の人脈や人間関係などに頼ることなく、生まれ持った高い知性を努力で磨き、人格の力を発揮して獲得したポジション。
しかもその間にその女性はほぼ完璧な英語を身につけ、スペイン語も同じくらい流暢に話せるようになっているらしい。
こういうキャラクターをもし小説の登場人物にしたら、少しつくり過ぎだと批評されるかもしれない。ジブリ映画向きでもない。
もっとも、そういう経歴の日本人が彼女以外に存在しないわけではない。というより、このタイプの経歴は、現代日本のエリート層のひとつの典型でもある。
わかりやすくいえば、東京大学をはじめとする側差値の高い日本の大学を卒業し、外資系企業、あるいは国連機関に就職し、数年で退社し、アメリカやイギリスの有名大学の大学院で修士号や博士号を取得し、そこで培った業績や人脈を生かしてさらにキャリアアップしていくというような生き方だ。
早い話が、その投資顧問会社の代表、谷家衛もそういう一人と言っていい。
彼は留学こそしていないが、灘高から東大法学部、ソロモン・ブラザーズ・アジア証券(現ソロモン・スミス・バーニー証券)マネーシング・ディレクター、チューダー・キャピタル・ジャパン運用担当ディレクターを経て、2002年にチューダーに対するMBO(経営陣買収)を行い、あすかアセットマネジメントCEO(当時)に就任した。
ちなみにソロモン・ブラザーズは、ウォール街の帝王と呼ばれたアメリカの投資銀行だ。
谷家は彼女がつくろうとしている学校、ISAKの設立発起人で、その日の取材にも同席することになっていた。
つまりこれは、どこにでもいる普通の女性が、新しい学校をつくろうとしているというような話ではないのだ。
おそらくは学校をつくるというプロジェクトと資金があらかじめ存在して、スタンフォード大学の教育学修士号とユニセフのオフィサーとしての経歴を買われた彼女が、その学校の設立準備財団の代表に抜擢されたという話なのだろう。
投資顧問会社の空調の効いた会議室で、人間工学に基づいて設計されたらしい極めて快適な椅子に座り、女性を待ちながら、私はそういうことを考えていた。
それだけに、彼女の第一印象は予想外だった。
約束の時間に遅れたことを、猛烈な早口で詫びながら、大きなバッグを肩にかけ、髪の毛を振り乱して会議室に入って来た彼女は、そんなことがあるのかというくらい、私が空想していた通りの架空の少女のおもかげを宿していた。
最初の30分で、すっかり彼女の熱に感染していた。
その時すでに一人の男の子の母親となっていた彼女は、少女と呼んでいい年齢ではもちろんなかったのだけれど。
空想は、現実に裏切られる。
けれど、いつも裏切られるわけではない。
石川拓治(いしかわ・たくじ)
1961年茨城県水戸市に生まれる。早稲田大学法学部卒業後、フリーランスライターに。著書に『奇跡のリンゴ』『37日間漂流船長』『土の学校』(幻冬舎文庫)、『三つ星レストランの作り方』『国会議員村長』『新宿ベル・エポック』(小学館)、『ぼくたちはどこから来たの?』(マガジンハウス)、『HYの宝物』(朝日新聞出版社)などがある。プロローグ茶色のシマウマ、世界を変える―――日本初の全寮制インターナショナル高校ISAKをつくった 小林りんの物語
- 作者: 石川拓治
- 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
- 発売日: 2016/03/26
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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第1章 世界のために何かをしたい。
第2章 世界の果てで自分と出会う。
第3章 日本を知り、天命を知る。
第4章 学校づくりの夢が動き出す。
第5章 壁を乗り越える。
第6章 ISAK開校
いっきに学び直す日本史 古代・中世・近世 教養編 - 安藤達朗
ビジネスパーソンが本気で日本史を学ぶのに最適の1冊山岸 本書の元となった『大学への日本史』をリニューアル復刊するという企画は,もともとは佐藤さんの発案だったそうですね。まずは,その意図からお聞かせいただけますか。
佐藤 教養ブームといわれて久しいですが,ビジネスパーソンの中にも,本物の教養を身につけたい,きちんとした日本史の基礎知織を体系的に身につけたいと思っている人は大勢います。「日本史を勉強し直すのにおすすめの本はありますか? という質問もよく受けます。そうしたビジネスパーソンに推薦する最適の1冊は何なのか,それを考えたときに浮かんだのが,『大学への日本史』のリニューアル復刊でした。
山岸 『大学への日本史』は,佐藤さんご自身にとって,日本史の知識の基盤となったような1冊だそうですね。
佐藤 そうなんです。私は大学受験のときに世界史を選択したので,学生時代はあまり日本史に触れずに来てしまいました。ですが外交官になると,諸外国の方々とのコミュニケーションで,日本についての知識を身につけることが急務となったんです。あわてて日本史を学び直したときに,非常に役に立ったのが,この『大学への日本史』でした。
山岸 『大学への日本史』は,日本の大学入試が最も難しかったころに使われていた学習参考書の名著です。長らく絶版状態で,本の存在を知らない人も多いかもしれませんが,発行当時,最高峰の参考書だったことは間違いありません。
佐藤 ただ復刊するにあたって,一点,記述に関しては不安があったんです。というのも,時代とともに学説そのものが変わっていますし,揺れもある。たとえば,古代史のとくに旧石器に関しては,2000年に旧石器捏造という大事件が起きて,それまでの学説がくつがえっています。
そういった点を含めて,現場で教えておられる山岸先生に全編チェックしていただき,最新の情報に改めたうえでリニューアル復刊できました。いま最先端の日本史の学説が織り込まれているという点においても,非常に価値の高い1冊に仕上がっていると思います。上をめざすビジネスパーソンには,日本史全体の知識が必須山岸 佐藤さんは,ベストセラーになったご著書『読書の技法』(東洋経済新報社)の中で,ビジネスパーソンが日本史を学ぶには高校教科書「日本史A」がいいと書かれていますね。あえて『大学への日本史』の復刊をすすめた理由は何だったのでしょう。
佐藤 「日本史A」の教科書は主に商業高校,工業高校など実業系の学校で使われている教科書です。近代史に特化していて,解説もわかりやすい。非常にいい教材なのですが,グローバルに仕事をしたい,会社で出世したいというような,上をめざすビジネスパーソンにとっては,必要となる知識は近現代史だけではありません。
国際的なビジネスの場で,外国人から聞かれる話のほとんどは「日本の歴史や文化です。にもかかわらず,日本の歴史や文化についての知識が乏しいビジネスパーソンが少なくないんです。
山岸 高校生でも,海外留学していちばん困るのはそこなんです。相撲について質問されても,「起源は応神天皇にあります」などと説明できる生徒はそういません。海外の人からすれば,日本人なら当然そういう質問には答えられると思うのでしょうが。
佐藤 逆の立場で考えてみるとわかりやすいと思うんです。中国の人に「文化大革命の評価は,いまどうなっていますか?」と尋ねたとき,「文化大革命って何ですか?」という対応をする人は,高校生ならまだしも,第一線で働くビジネスパーソンとしては,おそらく信用されませんよね。
山岸 生徒からは「ホームステイ先で,裏千家と表千家の違いについて聞かれ
安藤達朗 あんどう・たつろう 【著】
元駿台予備学校日本史科講師。1935年、台湾生まれ。戦後、鹿児島に引き揚げる。東京大学文学部国史学科卒業、同大学院比較文学比較文化専攻課程修了。
著書に、『大学への日本史』(研文書院)、『日本史講義』シリーズ、『日本史B問題精選』、『大学入試必ずワカる日本史の学習法』(以上、駿台文庫)などがある。2002年没。
山岸良二 やまぎし・りょうじ 【監修】
東邦大学付属東邦中高等学校教諭、習志野市文化財審議会会長。1951年、東京都生まれ。慶應義塾大学大学院修士課程修了。
専門は日本考古学。日本考古学協会全国理事を長年、務める。NHKラジオ「教養日本史・原始編」、NHKテレビ「週刊ブックレビュー」、日本テレビ「世界一受けたい授業」出演や全国での講演等で考古学の啓蒙に努め、近年は地元習志野市に縁の「日本騎兵の父・秋山好古大将」関係の講演も多い。
『新版 入門者のための考古学教室』、『日本考古学の現在』(以上、同成社)、『日曜日の考古学』(東京堂出版)、『古代史の謎はどこまで解けたのか』(PHP新書)など多数の著書がある。
佐藤優 さとう・まさる 【企画・編集・解説】
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。
2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。2006年に『自壊する帝国』(新潮社)で第5回新潮ドキュメント賞、第38回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。
『読書の技法』(東洋経済新報社)、『獄中記』(岩波書店)、『人に強くなる極意』(青春出版社)、『いま生きる「資本論」』(新潮社)、『宗教改革の物語』(角川書店)など多数の著書がある。
- 作者: 安藤達朗,山岸良二,佐藤優
- 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
- 発売日: 2016/03/30
- メディア: 単行本
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【原始・古代】
第1章 日本文化の起源
第2章 古代国家の形成と発展
第3章 貴族政治の展開中世
第4章 武家社会の形成
第5章 大名領国の成立近世(前期)
第6章 大名領国の展開と織豊政権
第7章 幕藩体制の成立付録 (1) 史料演習
付録 (2) 日本史の基礎知識
- 作者: 安藤達朗,山岸良二,佐藤優
- 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
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